約 730,169 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2410.html
同日 20:00 アフガニスタン南部 パキスタン国境付近 ポイント216 “テキサス『特技兵』” 《合流はせずに、予定通り建物の中を確認しろ》 モンタナちゃんがチラッとこちらに視線を向けると手を振ってきたので、思いっきり振りかえしてあげる。 《テキサスちゃん……もしかして、わざとやってる?》 もう一度、振り返ったモンタナちゃんが一瞬驚いたような顔をしたあと。なんだろう、とってもげんなりした感じ。 「えっ、何?」 《もういいよ。とにかく、そっちの明かりが漏れてる建物から順に調べてね》 そういうとモンタナちゃんは崩れた土壁の隙間に体を滑り込ませる。 「変なモンタナちゃん」 相棒がどこか変なのはいつものことだし。とりあえず土壁をよじ登り、明り取りの窓から中を覗くと…… 「ハイヤー! フナドゥカスーヤ」 「ヒュー、サィーダンコンブゥラ」 見るからに怪しいおじさんたちが、机の上に爆弾っぽいものを並べていた。 「えっと、ここにいるのは六人。あと爆弾がいっぱい」 《物騒ね、こっちにも何人かいるはずなんだけど、暗くてよくわからないの。もう少し調べてみるね》 モンタナちゃんとじょーほーをきょーゆーして、人数と爆弾のことを軍曹さんに報告して窓から、よっ、とばかりに飛び降りる。 「わぁ、お月様が大きい!」 上空のシャドーとのシステムリンクで、周辺の情報がリアルタイムで送られてくるんだ。 土壁くらいなら彼が透視してたりするのでボクがちょっと中を見たのは、彼が見ている机の周囲に集まっているのが、兵隊なのか偉い人なのか、というチェックだよ? 難しいことはわからないけど、それがわかればこうげきたいしょうが定まってくうぐんがくうばくするんだって。 《テキサス、そこはもう大丈夫だ 次は3ブロック先の集会場の熱源を探れ》 「はいっ!」 元気よく答えボクは走り出す。 なんだかわからないけど、軍曹の声を聞くと元気になるし力がわいてくる。ボクが武装神姫だからだと思うけど。モンタナちゃんも軍曹も。別の何かとして扱ってるんだと思う。やっぱり難しいことはわからないけどそれは…… 《嘘でしょ?》 急に、モンタナちゃんの声が無線から聞こえて振り返ったけど。それっきり何も聞こえなかった。 前へ/TOP/次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2241.html
第十五話:生贄姫 俺と蒼貴、そして日暮に注目される彼女が近づいてくる。胸ポケットには大した傷もないヒルダが入っており、この様子だと あの後のバーグラーを彼女は難なく倒したくれたらしい。 「緑か。すまん。さっきは助かった」 「気にするな。私達の仲だろう?」 「か、勘違いされそうな事を言うんじゃねぇよ!」 「おや、真那の方がいいのか? 根暗は明るい子の方が好みという事か……」 「あのなぁ……」 再会して早々の問題発言に俺は頭を抱えた。真那といい、縁といいどうしてこうも女というのはからかうのが好きなのだろうか。付き合わされるこちらの身にもなっていただきたい。 「ふふふ……。まぁ、お前をからかうのは後で楽しむとして本題だ。あのバーグラー共から情報を吐かせたぞ」 「マジか?」 「ああ。それも面倒くさそうなのをな」 笑った後の本題に俺はすぐに先ほどの悩みを隅に追いやって、尋ねる。 「端的に言えば小遣い稼ぎさ。資金に困った研究者によるものだ」 「研究者って義肢のだな?」 「そうだ。お前も情報を集めていたという事か。となれば情報交換といかないか?」 「ああ。それが一番早い」 「その話、僕にも聞かせてくれないかい?」 「尊、彼は?」 「正義の味方らしい」 「は?」 話に割り込んでくる日暮を端的に紹介すると、あまりにも直球過ぎたのか冷静沈着な縁も唖然とした。『正義の味方』という言葉は彼女の中では化石並みに古い言葉の様だ。 その反応を見た日暮は俺と変わらぬ反応でやはり笑う。そういった反応にはなれているのだろうか。 「言葉の通りさ。力になれると思うんだけどいいかい?」 「僕は構いませんよ。個人ではきつい話ですしね」 「尊がいいなら、信用しましょう」 「OK。じゃ、ちょっと店裏まで付いてきてくれ。僕も同時進行で調査するからさ」 日暮に促された俺と縁は互いの情報を交換し、その情報から情報収集をしてくれた彼と共に話を整理を始めた。 事の起こりは義肢研究の行き詰まりと国からの資金援助の期限が迫り、ついには切れてしまった事にあった。 義肢研究に関しては何もそこだけが行っているわけではない。その研究には多くの研究者達が参加しており、こぞって成果を出し、援助を求めようとしている。 あの義肢研究者もまた、その一人だ。成果を上げて資金援助を得ていたのだという。しかし、俺の聞いた話の通り、研究は行き詰まってしまい、資金援助が打ち切られてしまったのだ。 当然、障害者施設の収入程度では義肢という規模の大きい分野の研究費など賄えるはずがない。 このままでは義肢研究者は資金不足によって、研究を進められなくなってしまう。 そこで彼が思いついたのはその研究の課程で得られたリミッター解放技術であった。 神姫の出力で人間の四肢という大きなものを動かす事は出来ないため、必然的により大きな出力を引き出さなくてはならない。故に初めは違法パーツ……神姫の規格から外れているパーツで組んでいたらしい。出力の方も神姫に直接操作する関係上、リミッターの外し方などを独自に研究、使用していた。 その研究を応用し、俺達が遭遇した神姫達が付けていたイリーガルマインドに似せたリミッター解放装置を開発して、さらに障害者用の盲導神姫もイリーガルとして改造し、裏でバーグラー達にそれらを横流ししていたらしい。 紅麗というリミッター解除装置を付けた神姫の所属しているバーグラー達から聞いた情報では裏サイトで仲介者から買い取ったと言っており、その裏サイトのアドレスを日暮が普通はしてはいけない様な方法で調べるとそこにはかなりの高額で取引されている事を証明するページがあった。 イリーガルマインドに似せたあの違法パーツが様々なバリエーションで用意されており、強力であればあるほど高額になっているラインナップだった。 そのレートは数千円である場合もあれば、数万円の場合もある。強弱や能力のばらつきがあれど、その力は使った神姫を死に至らしめる程強力なのは共通している。 さらにあろう事かバトルロンドのシステムに引っかからない様に調整された違法改造用のキットやイリーガル神姫までもを直接斡旋していた。 「己のために神姫を喰い潰すか……」 「人の性ってやつかもしれんな……」 緑の言う通り、人を助けるはずの義肢研究も少し道を外すだけで力に溺れさせる死の商人と成り果てるとは皮肉である。 自分の研究を続けるためというシンプルな考えであるはずなのに課程を間違えるだけでこれだけ堕ちてしまうとは人とは恐ろしいものである。 「何にしてもこいつはまずいな。このままだと、ここ周辺でイリーガルが大量発生しかねない」 日暮も危険を唱える。 イリーガルに成りきるだけではなく、それを作り出せるとあってはそれを知った人間はこぞってそれを買っていくだろう。密売を始めてまだ間もない感があるが、このままではバトルロンドがそうした違法神姫達が横行する事に成りかねない。 「自分らで何とかできる話ですかね?」 「その辺は心配ない。情報収集や操作でどうにでもなるからね。ただ……」 「ただ?」 「証拠がない。君たちの言う研究者に突きつけるための動かぬ証拠がね」 「このページやバーグラーの発言では足りないって事ですか」 「ああ。ページは誰か別の奴が作っているだろうし、バーグラー達は直接あの研究者から買い取ったってわけでもないだろうからね。せめてそれを見ている施設内部の神姫がいればいいんだけど……」 「でもそれは巻き添えでその施設が閉鎖される可能性があるのでは? そのために黙るとかあり得ると思うのですが……」 「確かにそう考えられるかもね。まぁ、その辺は可能な限り頑張ってみるよ。それより証拠のアテは何か知らないかな?」 それを聞いて俺は考える。あの施設の中で最も都合のいい立場にいる人間を頭の中から取捨選択して、残るのは……。 「輝と石火だな。だが……」 彼らならば顔が通っており、なおかつ石火の索敵によるカメラ映像情報を持っている可能性がある。 彼女の目はどんな些細なものも見逃さない千里眼にも等しき目だ。何かしらの情報を掴んでいるかもしれない。 とはいえ、そうであるかどうかには不安が残る。そもそも石火がそれを見ていないというのもあるが、彼らがグルである、或いは見てしまって口止めされているなど、障害になりえるシチュエーションはかなりある。 「それでもそいつに聞くしか手段は思いつかないのだろう?」 「……まぁな」 緑の言う通り、現状で有効な手はそれぐらいしかない。 石火が見ていた場合の情報の信頼性としては、石火の整備は施設では全く行われてはおらず、専属技師である親友がやっている可能性が非常に高いという事だ。これは施設による石火のデータ改竄されている可能性が極めて低い事を意味している。仮に不都合な情報があったとしてもそれが消えることはない。 また、施設の研究者も輝という名前が全国に知れ渡っている故に石火に、そのマスターの輝にも迂闊な事はできない。仮にそんな事をした場合、真っ先に疑われるのは彼らなのだから。 「なら、決まりのようだね。輝の事なら僕も耳にしているよ。彼は全国大会の最初のチャンピオンでその専属技師の友人も技術面では結構、有名だ。交渉は慎重にやった方がいい」 「わかってますよ。必要なら僕が憎まれ役を買いますし」 「随分と大胆な事を考えるね。だからこそやれるとも思えるけど」 「それが彼なんですよ」 「なんだそりゃ?」 「それは自分で考えろ。その方が面白い」 緑の突然の言葉に頭の中に疑問符が浮かんでくる。彼女に聞いてもあしらわれ、その謎を自分で考えてもあまりピンとはこない。 「考えてもわからん……」 そういう事に行き着いてしまう。 「まぁ、気長にな。で、そいつはどこにいるんだ?」 「神姫センターだ。行けばまた会えるだろう」 話題変わって輝の場所だが、俺はただ会っただけだ。輝から携帯電話番号を教えてもらったわけではなく、単に会って話し合っていたに過ぎない。 そこで連絡先でも聞いておけばと後悔もできたが、今更そうしても仕方の無い話だ。 「なら、そこで探すしかないな。とは言っても盲目自体珍しい。難しくはないだろう」 「ああ。後は引き込める上手い言葉を探しておくさ。根性論なんか押し付けたくねぇしな」 「それもそうだな。だが、彼らは正しいと思うから間違うかもしれんぞ?」 その通りだった。いくらそれが正しい事であったとしてもそれが納得できる事と同義であるわけではない。 自分のルールにそぐわないものは自分が変わらない限り、それは障害以外の何者でもないのである。 この事実を輝が受け入れるか、拒否するか、逃げるか、俺達にはわからない。確かなのは…… 「その時は……その時だ」 それだけだ。 「……そうか」 「ワリィ。それほど器用じゃないんでな」 「わかっているさ。その時になっても後悔はするなよ?」 「ああ」 「話は決まったかい?」 「ええ。僕が何とかします」 話が一区切り付いてきた所で声をかけてくる日暮にやる事を伝える。 可能な限り早い日に輝には俺が情報を持ちかけて説得をかけ、彼に協力を取り付け、石火の視覚データから違法神姫に関する証拠映像を手に入れて、それを証拠とするという事だ。 解決策に関してはイリーガルマインドを解析しているであろう杉原に話を聞き、それがわかり次第、その方面の行動も展開していく。 日暮との連携も考えて、杉原には彼の事を伝え、協力して事に当たってもらうものとする。上手くいけばあの義肢研究者を足がかりに彼に連なる違法ブローカーも芋づる式で捕まえられるだろう。 「わかった。僕は君が話をつける前に段取りを整えておくよ」 「それでは僕はこれで。紫貴もそろそろ直っている頃でしょうしね」 「あ。また、パーツに困ったら買い物にでも来てくれ」 「ええ。そうします」 自動ドアを出て、修理が終わったであろう紫貴を迎えに歩きだした後で、俺はため息をつく。 確かに計画としてはいい。だが、輝と石火がこの話をどう思うか、借りに信じたとして自分の世話になった場所を潰す事になるかもしれない事をどう思うか、全く予想が出来ない。 当然、心苦しい事になる。これからどうするかもわからなくなるだろう。だからといって俺が責任をとるために導いてやれるなんて馬鹿げた話は無理だ。そこまで自惚れる脳みそをしちゃいない。相手にこれからを委ねるが精一杯だ。 「カッコつけておいて、やる事は他人任せか……」 自嘲的にそれらをまとめる。交渉事なぞ所詮はそういうもののはずだがやはり煮え切らないものがある。 「オーナー……」 「わかってる。やるだけやってみせるさ。あっちが恨もうがな」 「自分だけで背負わないで下さい……。私や紫貴だって背負います。それに私達が悪い訳ではないはずです。いつまでもあのままならもっと傷つきますから……」 「そのはずだよな……」 引き金を引くのは俺だが、と続けようとしたがこれ以上は泥沼になるため、止めた。 蒼貴が元気付けようとしているのにそれを無碍にするのは悪い。 そんな陰欝な雰囲気で歩いているとコンビニを通り掛かった。そういえばあの戦いの前から何も飲んでいない。色々と起こりすぎて喉がカラカラなのを忘れていた。 そんな訳で俺はコンビニに飲み物を買いに入る。コンビニの中には店員と少数の客しかおらず、並ぶ事なく会計を済ませられそうだ。 詮無い事を考えながら、雑誌の並ぶ雑誌コーナーを進む。そこで週刊バトルロンドの最新刊が目に入った。どうやら丁度今日が発売日だったらしい。 俺は何気なくそれを手に取り、それを開く。 「こいつは……」 バトルロンド・ダイジェスト最新号の表紙には『特集:~ 絆 ~ 武装神姫はなんのために戦うのか?』というあまりにも規模の大きいタイトルと見た事のないタイプの神姫と『アーンヴァル・クイーン』の異名を持つランカー 雪華が写った写真で大きく飾られていた。 自他共に厳しく接し、高尚なる戦いを求める彼女の事は神姫センターで別のランカーを薙払っているのを俺も見て、知っている。そんな雪華が誰かに優しく、ましてや抱くなどという事をさせた泣いている神姫は一体何者なのだろうか。 俺は興味を持ち、雑誌を開く。表紙の内容は巻中のカラーページに特集として大々的に描かれていた。 最初はバトルの詳細な解説が主な内容だ。雪華はいつもの飛行装備、泣いている神姫……ティアというらしい神姫はランドスピナーというモーター駆動のローラーブレードと拳銃やナイフで戦っていたらしい。 ティアといえば元風俗神姫だったらしい事を噂で耳にしたことがあった。しょうもない奴が経歴を言いふらしてけなすだけのどうでもいい話だと思っていたが、まさかこうなるとはこれを見るまでは予想もしていなかった。 さらにそれを読み進めると信じられない事が書かれてあった。なんとティアは雪華最大の必殺技を回避し、その挙げ句彼女の武器を奪って戦ったらしい。 大した度胸と執念だ。ティアのオーナーとは会えればいい話ができそうな気がする。 戦いの末、ティアは倒れ、試合の形式的には敗北したらしいが、雪華は敗北を認めたという。 そんな試合があったとはそれを直に見られなかったのが非常に残念だ。面白い戦いはどうにも俺の外で行われているらしい。いつかセンターを飛んで回ってみたいものだ。 その戦いの記録の後は「武装神姫はなんのために戦うのか」というタイトル通りの問題提起になっていた。 雪華を初めとするランカー神姫が思い思いのコメントをその記事に刻んであり、 「人は武装神姫を戦わせる。それは名声のため、お金のため、バトルの楽しさであるかも知れない。 戦わせる理由はマスターによって様々だ。しかし、神姫にとって、戦う理由は皆同じだ。マスターの望みを叶えるために戦っている。 もう一度振り返ってみて欲しい。神姫は何を思い、なぜ戦うのか。 自分はなぜ、自分のパートナーを戦わせているのか、を」 それらがそう結ばれていた。その主となる言葉は「マスターのために」だ。その言葉を恥ずかしげもなく、彼女たちは言えている。 呆れるほど単純なその言葉には計り知れない想いが詰まっていることだろう。 その後の特集は、絆を思い起こさせる、過去の名勝負のダイジェストが紹介されていたが、必要なことを知った俺は雑誌を閉じ、それを持ってコーラと一緒に会計を済ませて、外を出た。 「人も神姫もそこまで弱くはない、か……」 ティアの話は、絆は自分達が思うよりずっと堅く、支えになる事を教えてくれた。 俺と蒼貴と紫貴だって、そういう絆があってここまで来たのはよくわかっているつもりだ。輝と石火の絆だってそうであるはずだ。……いや、時間が長い分、俺達よりも堅いはずだ。 「こういうのを潰しちまいたかぁねぇな……」 戦いの場をイリーガルから守るというご大層な名目を掲げる気は無い。ただ、こういう絆を感じさせる戦いが無くなるのは気に入らない。 武装神姫が何のために戦うのか。それは言うまでも無く、マスターのためである。これは雑誌の通りだし、大抵のマスターも理解しているだろう。 が、そのマスターが狂えば従っている神姫はどうなる。少なくともそれまでの関係には戻れなくなってしまう。それもまたつまらない話だ。 「あいつらの絆に賭けてみるか……。どんな結果になろうが……な」 別に主役を張る気は無い。が、見て見ぬ振りをするつもりもない。 俺はティアやそのオーナーの様に戦えないかもしれないが、自分の筋は通す。それぐらいはできてもいいはずだ。 「なぁ。蒼貴」 「はい」 「俺、イチオーナーとして頑張ってみるわ。付き合ってくれるか?」 「その言葉は紫貴と一緒にお聞かせください」 「……そうだったな。あいつを迎えに行こう」 「はい」 そう胸に決めると俺は蒼貴と共にカルロスの喫茶店に預けた紫貴を引き取りにコーラを飲みながら歩いていく。 やるだけ、やってみるか…… 戻る -進む
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/213.html
『さぁて、皆さんお待ちかね……第一回全国一斉バトルロワイヤル、開催だぁっ!』 ピンクのシャツに赤いスーツを着込み、眼帯をした、丸刈りで髭の中年司会者が絶叫する。 それがフィールド及び全国の中継会場に木霊。観客もそれにつられてヒートアップしていく。 『まずはルールをご説明しましょう。それはシンプル! 戦って……戦ってぇ……戦い抜いてぇ!勝ち残った神姫が…優勝賞金一億円を、手にするのだぁっ! 』 ワァァァァ!と各地のモニタを介してみている観客たちから、歓声が上がっている。 やがてモニターにバトルフィールドの情景と全体マップが映し出される。 情景はランダムパターンで次々と映し出されてゆく。荒野、市街地、水中ete…… 全体マップの方は一言で言えば南海の孤島、といった感じで半円型、もしくは緩い水滴型をしている。 そしてそのマップには木の年輪のような線が入れられている。 『さて、それでは続いて詳細なルールをご説明しましょう。 まず武装神姫たちはこのフィールドの最も外周に当たる、この第一エリアにランダムに配置されます。 その後の移動及び戦闘は自由。戦い生き抜く過酷なサバイバルに挑戦してもらいます。 それと隠れ続けての不戦勝狙いの防止策として、一定時間ごとに第一エリアから順次、進入不可能エリアと変化。 進入不能エリアになった時点で、そのエリアに存在する武装神姫は全て強制失格になるので注意を』 『それではぁ……神姫ファイトォ……!レディ、ゴー!!!』 ねここの飼い方・劇場版 ~六章~ 『ねここ、雪乃ちゃん、アリア、現状位置把握、OK?』 「うん、みさにゃん。ポイントX154Y658だね」 「こちらはX199Y127です、姉さん」 「X101Y352」 私の指揮下の3人より返答が入る。 ゴーストタウンの廃ビルの内部に潜むねここ。森林に潜む雪乃ちゃん。地底洞窟を黙々と進むアリア。 バトルが開始されたと言っても私たちの目的は違う。 まずはみんなと合流しないといけないのだけれど…… 私はヘッドギアの通信チャンネルを切り替えて、全通話モードに切り替える。 『どうですか、皆さんの位置情報をお願いします』 OK,了解と返答が続き、個人用ディスプレイの全体マップ上にメンバーの位置が表示される。 『……結構バラバラに配置されましたね。店長、突入ポイントの特定は出来ましたか?』 『あと10分……いや5分だけくれ。絶対に割り出す。それとジェニー、いやジェネシスの出現ポイントが確定した、そちらは今データを送る』 『了解……データ来ました、第2エリアの中央辺りですね。各員はそのポイントへ移動を開始してください。 それと戦闘は出来る限り避けて戦力の温存を……みんな気をつけて』 みんなの威勢の良い返事が返ってくる、士気は高い。 『あ、それとねここは十兵衛ちゃんとの合流を優先して。 いくら新型ボディで稼働時間が延びてても、今回のような長期戦では不利でしょうから、当初の予定通りねこことドッキングを』 「わかったの。ポイント確認……いきまーすっ☆」 『あ、ちょっと待てぇ!』 言うが早いかビルの屋上まで飛び上がると、一気にブースターを開いて高速移動を開始するねここ。 屋上を足場に連続ジャンプして最短距離を移動するつもりなのだろうけど 「にゃぁぁぁっ!?」 何処に敵がいるかもわからないのに、そんな轟音を立てて空中をすっ飛んで行けば良い標的と思われる訳で。 案の定ビルの陰、柱の角、その他諸々あらゆる所から、数えるのも馬鹿らしくなるほどの火線がねここに襲い掛かる。 冷静に考えればそんな頭上を高速移動中のに撃ったって無駄弾なのだが、この数では万一の事態もあるので馬鹿にはならない。 『あっちゃぁ……こうなったら逆に吹かして振り切って!』 「りょ、りょうかいなのっ!」 ここぞとばかりにフルパワーを出し、一気に振り切りにかかるねここ。 開始から燃料の大量消費は避けたかったけども、やむを得ない……トホホ。 『十兵衛、無理にリミッター解除はするな。初めから負担が大きくちゃ最後まで持たないぞ』 「大丈夫ですよマスター。この程度なら……いけますっ」 竹林を縫う様に駆け抜ける十兵衛。その背後には多数の神姫が迫っている。 隻眼の悪魔の名は非常に有名であり、倒して名を上げようと、また1対多数で早めに強敵を仕留めてしまおうと考えるものが多いらしい。 また十兵衛の弱点として、近接戦闘の勝率が悪いと言う事が広まっており、五月雨式に多数で攻撃を仕掛ければ倒せるのではないかとの予測もあったと言える。 そして十兵衛は目立つ。ストラーフでレーザーライフルを装備しているのも少数派であるし、何よりその眼帯の持つインパクトは絶大といえた。 それら複数の理由のため、十兵衛には像に群がる軍隊アリのように多数の敵が群がってきていた。 最初は薙ぎ払っていた十兵衛だったが、敵数の多さとエネルギー温存の為に離脱に切り替えた。 しかしそれでも尚、結構な数が追尾してきている。 「しつっこいなぁ……もぅ。こうなったら……」 真・十兵衛に人格を切り替え、まだ食い下がる追跡者たちを一気に蹴散らそうと踵を返した瞬間 「に゛ゃぁぁぁああああああああああああ!!!」 ドガァァァァァン!!! と追跡者たちを音速の衝撃波で吹き飛ばすねここ。 ……単に加速しすぎて止まれなくなっただけなのだが…… 「真・十兵衛、覚s………ぇ」 覚醒したはいいものの、辺りには吹き飛ばされて戦闘不能になった神姫たちが転がるだけであった。 「……戻る……」 ちょっと不貞腐れたように元の十兵衛に戻っていく真・十兵衛。 『……何やってるんだか』 凄いんだか、凄くないのだかよく判らないわね、全く。 「な……なんとか合流できたのぉ」 「ありがと♪ 助かったよ、ねここちゃん」 減速しつつ、やっと十兵衛ちゃんの所に辿り着いたねここ。 『二人とも急いで。他の娘はもうポイントに到着しつつあるから』 「わかったの。十兵衛ちゃん落ちないでねっ」 「うん……おもいっきりやっちゃって!」 再びブースターに点火する。二人は他の仲間のいるポイントへ向けて、まっしぐらに加速してゆく。 「おい、何をする気だ! ぅわ!?」 後頭部を鈍器で殴られ、昏倒するスタッフ。ホストコンピュータのあるこの施設は既にその犯人たちに占拠されていた。 ごく一部の部外者は目の前の男のように既に排除済。 「……よし、始めろ」 奥にいたリーダー格らしい男が指示を飛ばす。 「我等の怨み、思い知るが良い……鶴畑、オーナー、武装神姫どもめ……」 ……そして、狂気の祭典の幕が上がる。 『第一エリア、封鎖、3分前。繰り返す、第一エリア……』 合成アナウンスがフィールドに響き渡る。 と同時にセンターなどの現場スタッフが俄かに慌て出す。予定時刻よりも大幅に早い時点でのエリア封鎖なのだ。 「え、何なに?」 「そんなっ!?」 「うそ、まだ早いよっ」 まだ第一エリアに取り残されている神姫達も狼狽する。戦闘を行っていた者も慌てて第二エリアへと移動を開始する。 「ねぇ、エリナちゃん。早く隣のエリアに移らないと失格になっちゃうよ!?」 密林エリアの中、アーンヴァル型の神姫が、隣に佇むハウリン型の神姫にそう呼びかけている。 二人は友人同士、この大会でも最後まで一緒に戦おうと決めていた。 だが合成アナウンスが流れた途端、突然エリナが夢遊病者のような状態になってしまった。 「エリナちゃん!? 早く行こうよ、ねぇどうしちゃったの!?」 肩を掴んで揺さぶるが一切の反応がない。……いや、それに刺激されたのかエリナの顔が上がる。 「エリナちゃん!よかったぁ、さ、早く行こ!?……ぅ……」 彼女がエリナの手を取って駆け出そうとした瞬間、エリナがその手に装備した蓬莱壱式で至近距離から砲撃したのだ。 それは腹部に直撃、巨大な風穴を作り出していた…… そのまま上半身が千切れ、ドサリと崩れ落ちる。 「ど……ぉ……し……」 驚愕の表情が張り付いたまま、涙を流し、半ば消えかかった意識でそれだけを発する彼女。 エリナはそんな彼女へ歩み寄ると、その頭部に蓬莱壱式の銃口を押し当て…… 降り出したスコールの中、辺りには砲声の轟音だけが響き渡っていた…… 暴走の刻が、来たのだ。 そうした小競り合いがあらゆる所で発生。。エリア離脱を図る神姫たちに暴走神姫が襲い掛かったのだ。 離脱に気を取られすぎていたある神姫はあっさりと倒され、なんとか迎撃した神姫にもタイムリミットが迫っていた…… 中には先程のように友人に対して攻撃を躊躇う内に、逆に倒されてしまったケースも多い。 そして……運命の時刻がやってくる。 「ねここちゃん。あれを!」 十兵衛ちゃんが叫ぶ。高速移動しつつも振り返って状況確認をしようとするねここ。 「何……あれ」 第一と第二エリアの境界に強力な電磁バリアが張られ、完全に行き来を不可能にしていた。 「そんなっ! 後一歩だったのにぃ」 目の前でバリアが発生し、移動不能になってしまったマオチャオ。 「あーあ、こんなとこでおしまいか。ちぇー……ぇ」 愚痴りつつ回収されるのを待っている、と、マオチャオの足元から黒い稲妻のようなモノがバチバチと放電してくる。 とっさに回避するマオチャオ、だがソレは着地地点にも発生し…… 「きゃぁぁぁぁぁ!?」 黒い稲妻がマオチャオの全身を犯してゆく。 やがて稲妻が収まると、そこには感情の一切ない神姫、いや只の操り人形がいるだけだった。 「ちょっと待って、何かバリアから出てきます……望遠レンズ倍率拡大、ズームにして各種センサー展開……」 十兵衛ちゃんが神眼を使い、その正体を暴き出す。 『どうだ、何かわかったか?』 「……どうやら暴走神姫みたいです。あの夢遊病者みたいな表情は間違いありません」 『……って事は、始まったのか』 「はい……しかも敵は封鎖エリアに関係なくやってくるみたいですね」 『バリアを抜けてきてるものね……』 事態は一刻を争う状況になってきたみたい、ね…… 「ねここちゃん、合流ポイントへ急ぎましょう!」 「うんっ」 ……舞台の第二幕が上がろうとしている、悪役の次は、ヒーローの出番! そう信じて。 続く トップへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2781.html
与太話13 : あぶないマシロ刑事 注意! TVアニメ武装神姫、第八話のネタバレを盛大に含みます。 もう一度言いますが、 TVアニメ武装神姫、第八話のネタバレを盛大に含みます。 カウントダウンTVをご覧の皆さん こんばんは、エルです。 アニメからの情報ですがどうやら最近、神姫のアップデートと偽ったウィルスが蔓延しているそうです。 侵食された神姫は強制的にスリープモードにされ、AIを侵食されるとのこと。 MMSメーカー各社からも注意喚起のメールが届いています。 最悪の場合、二度と目を覚ますことなくマスターとお別れをしないといけないなんて、まったく恐ろしい限りです。 ですが、少なくとも私のまわりの神姫たちはこのようなウィルスには引っかかりません。 怪しげなアップデートはしない、という情報リテラシーがばっちり浸透しています。 それというのも、過去に同じ手口で罪を犯した神姫が身近にいるのです。 ◆――――◆ 「過去と同様の手口を使う度胸だけは褒めてやろう。では死ね」 身柄を拘束されて口をテープで閉じられたカグラは何度も首を振って、マシロ姉さんに必死に命乞いをしている。 両眼から溢れ出る涙の滝を貫こうとするランスがかろうじて留まっているのは、私たちが必死になってマシロ姉さんを止めているからだ。 「落ち着いてマシロ姉! まだカグラが犯人って決まったわけじゃないんだから! 冤罪だったらどうするのさ!」と叫びながらマシロ姉さんの右腕にしがみついているメルに対して、マシロ姉さんはまったく悪びれる様子もなく言った。 「その時は前科のある神姫が一体消えるだけのこと。竹櫛家へ害をもたらす可能性を僅かでも摘むことができればそれでいい」 「よくねーよ! 竹櫛家の中でオマエが一番危ないっつーの!」 メル同様、コタマ姉さんまでもマシロ姉さんの腰にしがみついている。 ちなみに私は後ろから尻尾を引っ張っていて、両足をアマティ姉さんとほむほむ姉さん「俺の名はホムラだ」が止めている。 ハナコ姉さんは怯えながらも必死にカグラを庇おうとしている。 これだけの人数でやっと制止できるのだから、『ナイツ・オブ・ラウンド』の名は伊達じゃない。 「お願いですから待ってくださいマシロ姉さん! せめてまず取り調べを! ほ、ほら、昼ドラの刑事さんが犯人に牛丼とか食べさせたりしてるじゃないですか」 ほむほむ姉さんが「牛丼? 普通はカツ丼だろう」とつっこむのを聞いたのか聞かなかったのかはともかく、「昼ドラ」という言葉にピクリと反応したマシロ姉さんは唐突に力を抜いた。 そのおかげで全力を振り絞っていた皆がつんのめって転んでしまった。 「なるほど、取り調べですか――ええ、そうですね、その通りです。私としたことが重要な手順を忘れていました」 急に機嫌を良くしたマシロ姉さんはランスを収め、ひたすら泣くことと首を振ることしかできないカグラの口からテープを剥がした。 「ブハッ」と息を吐き出した後も、カグラの呼吸はフルマラソン完走後のように荒れていた。 マシロ姉さんを取り押さえていた皆とカグラを庇っていたハナコ姉さんが固唾を飲んで見守る中、取り調べが始まった。 「正直に答えろ。貴様がアップデートに見せかけたウィルスをネットにばら撒いたのだろう?」 「ち、違うにゃ! ワガ、ワガハイ、そんなことしてないにゃ! 考えてもみるにゃ、前にワガハイがやった時は誰にも気付かれずに神姫たちのAIをいじるのに成功してるにゃ! アニメみたいにすぐ注意喚起が出たり対策されたりするようにゃ下手な手口は――」 「犯人は必ず嘘をつく。嘘つきは泥棒の始まり、という言葉を知っているな。だから犯罪者は未然に消しておかねばならない。では死ね」 取り調べが終わった。 私を含むみんな予想していたのか、マシロ姉さんが動き出すのと同時に元の格好に戻った。 「マシロ、オマエ昼ドラでなに勉強してたんだよ! オマエが見てるドラマじゃ取調室で銃弾が飛ぶのかよ!」 「コタマ、これは妹君を含む竹櫛家のためなのです。恐れ多くも私たちは神姫でありながら竹櫛家の家族として迎えられています。私はその恩義に報いるために平穏を守ろうとしているまでのこと。あなたも守護の対象になっているのですよコタマ。あなたがいなくなることで妹君を悲しませたくはないでしょう」 「オマエが起こす事件のほうが鉄子ちゃんにとって迷惑に決まってんだろうが! 身内から神姫殺しが出るとか嫌すぎるわボケ!」 「フッ、そのようなことは想定済みです。家を出る前に兄様のオーナー登録抹消を済ませましたから、今の私はただの野良神姫です」 こんなことを平然とやってのけるのがマシロ姉さんだ。 身内のためならば自分を含む他のすべてをゴミ同然に扱う。 私は時々、マシロ姉さんと友達になれてよかったと心の底から思う。 もし赤の他人だったら、白銀のランスがいつ私に向けられるか分かったものじゃないから。 コタマ姉さんは「またやりやがったよコイツ」と呆れ顔だ。 「オマエそれで何回鉄子ちゃんと隆仁に迷惑かけたよ、ええ? あのなぁ……ああクソッ、こっ恥ずかしいこと言わせやがって……オマエだって家族の一人なんだろ! アタシの許可なく勝手に家出してんじゃねーよクソが!」 今のセリフ、鉄子さんに聞かせてあげたい。 あのコタマ姉さんがこんなに感動的なことを言うなんて。 マシロ姉さんにとっても意外だったのか、再び力を緩めてくれた。 そのおかげで再びつんのめって転ぶ私たち。 カグラはもう放心状態だ。 「ふむ……………………まぁ、いいでしょう。今日のところはコタマに免じて引くとします。そこの猫、次に何かあった時は命がないと思え」 すごい勢いでカグラが頷くと、マシロ姉さんはプイと回れ右して帰っていった。 エメラルド色の豊かな髪をなびかせたクーフランの後ろ姿に、私たちは呆れや苛立ちや殺意なんかを込めた視線を送った。 「あの性格、どうにかならないんですかコタマ姉さん。よく一緒の家で生活できますね」 「自分でも不思議に思うぜ。アタシがレラカムイとして起動した時から性格全然変わってないし」 「ワ……ワガハイはもういいにゃ? 解放されたのにゃ?」 今回ばかりは可哀想なカグラを慰めようとした、その時。 「クソねこぉぉぉおおおおおおおお!!」 髪の長い飛鳥型神姫が突然、空から降ってきてカグラの前に着地した。 「ヒィィッ!?」と後ずさるカグラに詰め寄った飛鳥、最近よく名前を聞くようになった『セイブドマイスター』はカグラの状態なんてお構いなしにまくし立てた。 「あんたAIパッチとか作れるのよね!? 今すぐあのアニメのやつ作りなさい、人間とデートできるやつよ! 作れるんでしょう!? この際ウィルスでも何でもいいわ、ノーとは言わせないわよ!」 カグラの厄日はまだ続きそうだった。 ハムスターは? ねぇハムスターはなんで出ないの? ハムスター見れないと寂しいよ? 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/656.html
そのさん「良く晴れた日」 とある日曜日。 その日は見事な秋晴れだった。僕は昨日約束した通り、ティキに外に散歩に行こうと告げた。 当然散歩だけではなく、来るデビュー戦に向けてパーツのテストを行うという目的も兼ねている。 ティキはマオチャオで、なのに僕はこの娘に鉄耳装とキャットテイル以外のマオチャオ用の武装を装備させてない。 しかも無理やり自作の情報集積装置とそれに伴い改装した鉄耳装を有線で繋いでしまったものだから、うまく機能するか不安だったんだ。 もちろんそんなのはただの杞憂で、さっさとテストを終えた僕らはダラダラと散歩&日向ぼっこに興じている。 「お外に出たのは初めてなのですよぉ♪」 楽しそうに浮かびながらティキは言った。アーンヴァル用のリアウイングを背中につけているので宙を飛んでいても不思議じゃない。 「あれ? そうなんだ」 「そうですよぉ♪ 旦那さんはマスタたちにティキのことナイショにしてたので、ずっとあの部屋から出た事無いのですよぉ☆」 ……判りにくいので説明すると、彼女の言う『旦那さん』とは元オーナーの僕の亡父で、『マスタ』と言うのが現オーナーの僕の事。 「うにーー……お日様の光って、すごく気持ちイイですぅ……」 うっとりとしてそう言うティキ。 周りを見回せば、多くないとは言え神姫と一緒にこの公園に来ている人間も少なくはない。つまりは当たり前にオーナーと外で日を浴びる神姫がいるって事。 ティキはそんな当たり前を今まで経験してこなかったんだ。 そう考えると少し悲しくなった。 「マスタ、どうしたですかぁ?」 気が付くとティキが目の前で心配そうに僕の事を見ている。 「……いや、なんでもない。それじゃ、せっかく初めての外出なんだからめーいっぱい遊ばないとねっ」 「ハイですぅ♪」 今でこそなんの躊躇もなくティキと外に出たりできるけど、僕がとりあえず便宜上、ティキのオーナーになった時は、それでも僕はティキを所有する事に戸惑いを覚えていた。 何度も言うけど、僕は自分のオタク体質を認めたくなかったんだから仕方が無い。 格好つけもあったと思う。40年以上の昔から今に至るまで、オタクと呼ばれる人たちが世間一般に『カッコいい』と言われた時はわずかで、しかもその時さえも『見ようによっては』という注釈がついたほどだ。 つまり、どこまで言ってもオタク=変人である事には変わりはなかった。 しかしティキに出会ってからというもの、『武装神姫』に対する興味はますます膨らむばかりで。 「いやいやいや……でも、なあ?」 「なにが『なあ?』なんですかぁ?」 「おうわっ!」 我ながらどうかと思う奇妙な声を出して驚く。 その僕の目の前には、ニコニコと笑顔を浮かべたティキの顔。 僕だけに向けられているそんな笑顔を見て、僕は顔が赤くなる。 彼女に振られたばかりで、女の子のそういう表情を見るのがご無沙汰だった僕は、それだけで照れてしまった。 あぁ、今ならわかるよ。武装神姫にのめり込んで溺愛する人の気持ちがっっっ! …………………… って、あ……れ? 何かが天啓のように僕の頭に引っかかった。悪魔の誘惑とも取れるのだけども。 一体今の僕は、何に対して格好をつけなければならないのか? 格好つけて見せるべき対象であった彼女には先日見事に振られ、その彼女と釣り合いが取れるように張っていた見栄やプライドにも、今では何の意味も無いのに、好きだと感じれる事や、興味をそそられる事に遠慮して、一体僕のなにが守られるのか? 今僕が格好つける相手は、目の前の彼女じゃないのか!? 一回でもそんな考えが頭を過ぎると、後は坂道を転がる石の様。 「……そうだね。自分から逃げていてもダメだよね」 多分、世間で言う所の『一般常識人』は、この時の心情から出てくるその言葉に矛盾を感じるんだろうなぁ。 多数意見に寄りかかり、他を排除し、否定してしまう人たちには、『安寧のために現実に逃げるのを止め、夢中になれる自分の本当に目を向ける』という幸せは判らないんだ。……今までの僕がそうだった様に。 「決め、た」 「なにをですかぁ?」 僕はティキを見つめ、宣言するように言葉を紡ぐ。 「ティキ。僕はこれから君と一緒の時間を過ごす事に決めた。……親父の代わりは勤まらないかもしれないけど。それでも!」 「……………………」 「ティキ?」 なんだかプルプル震えるティキ。心配になる僕。 「違うのですよぉ! 誰も誰の代わりにはなれないのですよぉ! 雪那さんは雪那さんなのです! 誰かの代わりじゃないのですよぉ!!」 そして彼女は怒った。 驚いた。そして不覚にも感動してしまった。それこそそれは、たった今自分が決意した事を肯定する言葉なのだから。 そんな僕の心中にティキは気付かず、にっこりと目を糸の様にして笑い右手を差し出す。 「というわけで、これからよろしくなのですよぉ♪」 その言葉を受け、僕はその手に右手の人差し指で応じた。 初めて見る外界。データとして、知識として知っているだけなのと違い、リアルなそれら刺激に対し、ティキは戸惑いながらも楽しんでいるみたいだ。 だからこそ、今日一日は二人で目一杯遊び倒した。初めての外出を、それこそいい思い出にしてあげたいから。 犬にじゃれ付かれそうになって笑いながら逃げ回るティキ。 じっと見ていた昆虫の、突然の行動に驚くティキ。 幼い子供が彼女に手を振るのに、照れ笑いを浮かべながらも手を振り返すティキ。 そんな一つ一つが僕にとっても嬉しい。 ひとしきり遊んで、へとへとになる頃には日がずいぶんと傾いていた。 「それじゃぁ帰ろっか」 僕は頭の上で休んでいるはずのティキに言う。が、ティキから返事は無い。代わりに聞こえてくるのは、 「すぅー…… すぅー……」 と言う寝息だけだった。 僕は頭の上でうつ伏せに寝ているティキを起こさないよう、ゆっくりと立ち上がると、慎重に家路に着く。 途中、少し目が覚めたティキは、小さく何かを僕に言うと再び眠りについてしまった。よくは聞き取れなかったが、まぁ、起こしてまで聞き返す事も無いし。 そのままの格好で帰宅した僕らを見て、母は一言こういった。 「なんだか昔のMMOの頭部アクセサリみたいね」 ……結局母も侮れない。 「マスタと一緒に遊べて、ティキはとっても幸せなのですぅ……」 思わずうれしくなっちゃうその寝言は、僕だけの秘密にしておこう。 終える / もどる / つづく!
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/14.html
凪さん家の十兵衛さん 第一話<出会い> も、もって帰ってきてしまった。 捨て犬ならぬ捨て神姫を。 しかも右腕無し、左目損壊、右足首欠損、左足腿より下は無し。 モデルはストラーフとかいうやつっぽい。 最初は拾う気は無かった。 そう、たまたま夜にごみを捨てに行ったらそこにいたのだ。 ボロボロの状態で無残に捨てられていたそいつが。 かわいそうなもんだ…と玩具にいらん感情を抱きながらも無視して一旦は帰った。 しかしどうもあの姿が脳裏にい焼きついてはなれない。まるで泣いているようなあの悲しそうな表情を。 いや待て、まったくおもちゃなどにこんな感情を抱くなんてどうかしている。しっかりしろ自分…と言い聞かしたのだが…。 何故か目の前にいるんだよなぁ…。 その捨て神姫は今俺の机の上に置いてある。 さてどうしたものか。 てかこいつまだ動くのか?機能停止で捨てられていたのなら拾っても意味がない。 ただの壊れた人形だ。 「…こいつ…スイッチどこだ?」 まず動くのか動かないのかがわからないと拾った意味がない。そこで俺は友人に連絡をとることにした。 そいつはかなりの武装神姫マニアだ。スイッチの一つや二つどこにあるのか分かるだろ。 「ないぞ」 友人の返答はこうだった。 「は?ない???」 「あぁ、箱を開けたら勝手に起動するからな」 「じ、じゃあ動かなくなった神姫はどうしたら動くんだ?」 「う?う~ん??動かない?そりゃ完全に機能停止してない限りは…」 「なんだ」 「バッテリー切れじゃないか?」 「へ?」 「バッテリーだよ。内臓バッテリーの電池切れ、もしくはバッテリー自体がお陀仏か」 「どうしたらいいんだ!」 「な、なんだ急に?」 「いいから教えろ!」 「バッテリーも充電スタンドも取扱店…ま、平たくいえばおもちゃ屋に行けばあるぞ。あとは充電するなりバッテリー交換するなりしろ。後は知らんなぁ…」 「そうか!分かった!ありがとな!」 「え、お、おい!いった…」 そうして買ってきた充電スタンドとバッテリー、そして 「【誰にでも分かる武装神姫】…ね」 とりあえずその参考書を元にバッテリーを交換し、充電スタンドに接続した。なれない作業であったが、さすがは【誰にでも分かる武装神姫】だ。 こんな俺でも順調に作業することが出来た。 「あとは…こいつ次第か」 充電スタンドにもたれかかるようにして接続されているボロボロの神姫。 「お前、一体どうしたらここまでなるんだ?」 そいつは何も答えない。相変わらず悲しそうな表情。 このまま待っていても仕方ないか。 「とりあえず…寝よう」 とベッドに体を滑らせた。 そのときだ 「-充電完了-」 って…早いな!! で、どうなんだ!動くのか!動かないのか! 「あ、目が」 ゆっくりと開いてゆく。左目は既につぶれているので右目だけだが。 「お、お~い。い、生きてるか~?」 恐る恐るたずねる。 右目の淡い光がこちらを捕らえる。 そして 「い、いや…いやぁぁgぼrkjらおjぁ!!!!!」 いきなりそいつが叫びだした。 「うぉぁ!!」 真直で見ていた俺はその声に驚き思わずしりもちをついてしまった。 「いや、いやぁぁぁxぎgkhこそrほks!」 どうやら発声部分にも異常があるらしい。所々何を言っているのか分からない。 ぎぎぎ…といやな音。 なんとそいつは充電スタンドから自分の体を無理やり外そうとしていた。 「ば、ばか!何してんだお前!」 「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」 バキィ!!という音とともに充電スタンドから開放される神姫。しかしそれは外したというよりは剥がしたという感じだ。 その証拠に充電スタンドには神姫の背中の一部が残されていた。 「おい!お前何考えてるんだ!!死ぬぞ!!」 われながら傑作。玩具に死ぬぞ!とか言ってるよ。友人よ、どうやら俺もそっち側に来ちまったみたいだ。 とにかくいまはあいつの暴走を止めなければ。 といっても捕まえるのは簡単だった。 そりゃそうだ、こいつの両足は損傷、損壊してる。歩くどころか立つのも困難だ。 「おい!一体何なんだお前!」 「いやx!離して!もういやkぁ」 「落ち着け馬鹿!!とにかく落ち着きやがれぇぇぇぇぇぇ!!!」 はて、俺ってこんなに声でかかったか? この超特大の魂の叫びに圧倒されたのか、神姫の動きはカチンと固まった。 あれ?もしかしてやらかしたか? 「お、おい?い、生きてるか?すまん、つい大声だして」 しばしの沈黙。 「…ここはdこ…」 「え?」 「ここは…どこなんですか?」 よかった、話がやっと通じた。 「ここは俺の家だよ」 「そう…なんでなんですか…」 「?」 「私はもういやなんです」 「へ?」 「毎日毎日戦って戦って勝っても負けても虐げられてずっとずっと暗いところで戦って…他の皆は明るい所で楽しそうなのに!なんで私だけ…もういやなんです…」 「お、おい…」 なんなんだ?話が読めないぞ…。 「壊してください…」 「は?」 「ここで会ったのも何かの縁です…私を壊してください」 ちょ、待て…何だこいつ…。自殺願望のある玩具なんて初めて聞いたぞ。 てか答えは決まってる。 「いやだ」 「な、なんでですか!わたしはもうこんな場所に居たくないんです!!!」 悲痛な叫びが部屋中に響く。 「いやだ」 「そ、そんな…」 「絶対いやだ」 神姫の表情が一気に曇る 「…戻れというんですか…またあの暗い場所に…」 そういうと神姫は俯いてしまった。 「あんなところに戻るなら壊されたほうがいい…ひっく…あんな…うぅ…地獄のような場所に行くくらいなら…ぐずっ」 今度は泣き出してしまった。 「な、なぁ」 「なんですか…ひぐ」 「俺、一言も戻れとか言ってないんだけど」 「…」 「つか戻んなきゃいいじゃん」 「…そんなの無理に決まってます」 「なんで?」 「だって私達神姫にはマスターがいるんですよ!?そのマスターの命令には逆らえないんです」 「今は?」 「たぶん…まだ私が逃げた事には気付いてなんです…でも気付かれて戻れといわれたら…」 「なぁ?」 「今度はなんですか…」 「そのマスターって変えられないの?」 「無理です。今のマスターが管理権を放棄しないかぎりは…だから私は壊されていなくなりたいんです!」 「ふぅん…じゃあ」 「はい…」 「壊してやるよ」 「…ほ、本当ですか!」 「あぁ、かわいそうだし」 「…有難うございます」 「じゃあ…寝ろ」 「はい…よろしくお願いします」 そして神姫は右目を瞑り、スタンバイモードに入った。 「まったくいきなり来たと思えば無理難題を押し付けるなんて。これは飯驕り一回じゃすまないよ?」 「わりぃ、本当に助かったよ」 「でもこれでよかったのかい?」 「ああ、上出来だ」 「別にこの子にこだわらなければ起動してないコアユニットをあげてもよかったのに」 「いや、こいつじゃなきゃ駄目なんだ」 なんだろう…声が聞こえる…。 光?なんで? 「お、お目覚めだよ?」 「よ、おはよう」 …え?なんで?なんで壊されてないの? 壊してくれるといったのに。 「な、何なんですか一体」 「へ?何が?」 「しらばっくれないで下さい!あの時あなたは確かに言いました!壊してやるって!なのに、なのに」 「コードナンバーg0g1gagen419タイプ【ストラーフ】は昨日の午後23時に完全に機能停止、よって登録抹消。昨日のあいつは確かに壊したぜ?」 そんな、じ、じゃあ私は一体…。 「お前は確かにストラーフだが、ナンバーが違うだろ。しかもお前にマスターいないし」 「ど、どういうことですか!」 「こいつ、いきなりやってきてね、君を壊れたことにして自由にしてやってくれって言ったのさ」 「ば、ばか!余計なことを言うな」 「でもそれだけじゃつまらないから、ボクが持っていた不良品コアから登録コードだけを抜き出して君に移植したんだよ」 そ、そんなことって…。 「だからお前は、昨日のお前であってそうじゃない。今日からお前は自由だ」 う、うそ…。 「な、なんで…」 「さっきからなんでばっかだなお前」 「え」 「とにかくお前は生まれ変わったんだ。ま、まぁ体は前のままだが…」 「これも大変だったんだよ?僕が破損部分を総とっかえして左目は高性能カメラアイに換装。多少見た目がアレなんだけど神姫用のカメラアイを仕込むにはあまりにもひどい破損状況だったから。もちろん発声部分も交換済み」 「ほんと、ありがとな…しかしまるで柳生十兵衛だな」 「どういたしまして。…それにしても…はは!そいつはいい!眼帯の悪魔ってね!」 ど、どうしてこの人は私にここまでしてくれるのだろう。ご友人に頼んでまで…。 「な、なんでこんな…」 「あ、あ~…ごめん…余計なお世話だよな…勝手に…」 「あ、いえ…そ、その!う、うれしい…です」 「え…」 「でも…何でこんなにまでしてくれるんですか?」 「え、う~ん…なんでかな…明るい世界を生きて欲しいから…とか?」 「…」 「それに」 「それに…?」 「君と一緒にいたいって思ったからかな」 「…」 「君がよければ、俺をマスターにしてくれないか?」 う、何だろう…目頭が熱いよ。 「うえっ…ひっく…」 「うお!どうした!」 う、うれしいのに何で…。 「うあぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 「なんだ!?何で泣いてるんだ!?」 何で泣いちゃうんだろう。涙が止まらないよお。 「ず、ずびばぜん…ぐすっ…うえぇぇぇぇん」 「え、お、落ち着け!どうしたんだ!とりあえずこれで涙拭け!」 「うえぇぇぇぇぇぇぇん!…」 「先ほどは取り乱してすいませんでした」 「いや、良いよ。落ち着いたなら何よりさ」 あ~びっくりした…なんて感情豊かなんだこいつは。思わず焦っちゃったぜ。 ん、こいつ?こいつか…。 「ねぇ、君の名前って何?」 「名前…ですか?」 「そ」 「ストラーフですが」 「そりゃ商品名だろ?俺が訊いてるのは君自身の名前」 「…すいません、無いんです」 「え、あ…ごめん…」 「いえ、じゃあマスターがお決めになってください」 「え、じゃあ…」 う、う~んさっきからこれしか浮かばない… 「怒らないか?」 「え、えと…どうでしょう?」 「十兵衛」 「え」 「だから…ジュウベエ」 「…」 「あ、ご、ごめん!そうだよな!仮にも女の子型なんだから十兵衛はなぃ」 「良いですよっ」 「よなぁ…って、え!?」 「十兵衛で良いですよ。マスター」 「ほんとに?」 「マスターが私のためにつけてくださった名前ですから」 「そ、そうか…」 う、うれしいものだな…なかなか。 「じ、じゃあ…十兵衛」 「はい、マスター」 「これからよろしくな」 「こちらこそよろしくお願いします!マスター!」 こうして、俺と十兵衛の生活が幕を開けた。 第二話も読む
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1324.html
SHINKI/NEAR TO YOU 良い子のポニーお子様劇場・その2 『Over the Rainbow』(前篇) >>>>> Higher higher higher! Higher higher higher! 色鮮やかなレーザービイムとスポットライトに照らされて、ステージに三体の神姫が躍り出た。 彼女たちの登場と共に、ステージを取り囲むビジターから一際大きな歓声が上がる。 右手から跳ね出るのは、お団子頭と可愛らしい八重歯が特徴のストラーフ型神姫。こちらは白い衣装に、頬に星型シール。朗らかで元気いっぱいの踊りを見せる。 ステージの左手からは、短い雪のような髪が特徴のフブキ型神姫。白い衣装に、頬に雫形のタトゥーシール。優雅な力強さを思わせる踊りを披露する。 さらにステージの中央、ライトに照らされて長い銀髪の神姫が舞い降りる。ステージライトの下、色取り取りに輝く純白のドレス、頬にはハート型のシール。白フブキと白ストラーフのふたりの神姫の真ん中から優雅に登場した、妖精のごとき白い神姫。 彼女たちは熱狂する歓声に両手を広げ応えると、華やかに舞いながら歌い出した。 1 関東有数の学術研究都市である摩耶野市。 そのほぼ中央に位置する摩耶野駅近縁にある大型商業施設、神姫センター摩耶野市店。 その上階を占める業務エリア内――神姫スタッフルーム(センター内のさまざまな業務活動に関わっている武装神姫たちの待機室)に彼女たちの〝楽屋〟は設けられている。 「ふみゅ~、今日のステージも盛り上がったね~☆」 大きく伸びをしながらチェアーに腰掛ける神姫、白夜。 お団子状のヘッドセットでまとめた髪、白に黒のラインが入ったボディカラー、限定モデルのストラーフ(悪魔型)。 「そうだね、集まったビジターの皆さんも楽しんでくれていた」 舞台メイクのタトゥーシールを外し片手でもてあそぶ神姫、白雪。 雪のように白い肌と、通常とは違う白を基調に鎖帷子を模した意匠、リペイントモデルのフブキ(忍者型)。 「でもその代わり、ワタシたちもより精進せねばならないということ。多くの人が集まってくれるということは、それだけ期待も大きいよ」 「ふみゅ~、人気者はツライぜってことだにゃ~ん。ふるふる」 そう口では言いながら、あっけらかんとした白夜。白雪はそれを横目で見つつ、雫形シールをテーブルに置いて、後ろを振り向く。 「フィはどう思う?」 『Ah...目覚めて...Ah...ひとりサヨナラを越える勇気抱いて...♪』 白雪に呼ばれ、先ほどから脱いだ舞台衣装をひらひら、楽しそうに歌を口ずさむ少女が振り返った。 「簡単なことよ。期待が寄せられるということは、それだけ多くの人たちが喜んでくれているということだもの」 光を浴びて薄紫に輝く銀糸の長い髪に、純白のボディカラーと艶のある真紅の瞳、先行生産型スペシャルモデルのテイタニヤ(妖精型)。 朝日のような微笑みを浮かべる白い神姫、フィシス。 「素敵じゃない? フィはとても素晴らしいことだと思うの」 そのグループのリーダーを務める少女の当然といった返答に、白雪と白夜はあきれ半分親しみ半分といった表情。 「やはりフィシスは心の臓の強さが我々と違うようだ。いや、この場合CSCの強さといった方が適切」 「さっすがぁ、フィたんはエッライね~ん☆」 「そんなことないわ、ごく自然なことよ。ビジターを楽しませ、喜びを伝える。それがフィたちの役目だもの」 この神姫センターのキャンペーンガール、訪れるビジターたちをショーで楽しませるアイドル神姫。センターに所属する神姫スタッフたちの花形にして、『センターの顔』という重大な役目を課せられた存在。 それが彼女たち三人、摩耶野市店の擁するアイドルユニット――ブルーメンヴァイス。 「でもでもぉ! フィたんもタマ~には、みんなみたいにフツーにしてみたいと思わにゃい? フツーフツー」 「……? 普通って?」 「白夜が言いたいのは、このセンターを訪れる一般の神姫たちのこと。彼女たちのようにマスターと共にバトルを楽しんだり、一緒のひと時を過ごす」 「そうそう、フツー武装神姫ってのはそういうもんだよねー」 「別に、そうは思わないけれど?」 フィシスは少し小首を傾げる。 「ひとりのマスターに奉仕するのも、大勢のビジターに奉仕するのも、同じことじゃないかしら? 他の神姫たちにとっての〝普通〟がマスターに尽すことなら、フィたちにとってこれが〝普通〟なのよ」 不思議がる二人に、フィシスは得意気に胸を反らして答える。それはこのセンターのアイドルとして自分たちにとって当たり前のことだ。 「はにゃ~。どう思います、白雪隊員。ユウトウセイですよ~」 「ふむ、完璧ともいえる思考ロジック。さてその我々とは違うポジティブさの秘訣とは?」 「白雪隊員! 白夜隊員はCSCの他なんたらかんたら、小難しすぃデリケートな部分が怪しいと思いますです。具体的に言うとあのふたつの丸く膨らんでる丘の辺りぃ!」 「ちょっ――ちょっと何するのよ、白夜!?」 にゅっとつかみ掛かってくる白夜の手に、フィシスが身をくねらせる先には別の魔の手が…… 「なるほど、さすが最新世代ボディ……」 「ちょっ、ちょっとぉ――!? 白雪もっ……やめてっ」 フィシスは慌ててその……いろいろと大事な部分を両手で隠しパッとふたりから離れる。 それを見て、白夜隊員と白雪隊員は「ギュピーンッ」と妖しくアイコンタクト。 フィシスは頬を紅く染め、両手で体を抱きしなりと「な、何?」。 「これはこれは、けしからんですみゃ~☆」 「姫よ、よいではないかよいではないかよいではないか」 「ちょっとやめっ! きゃああああ――っ!?」 ばったんきゅ~~ん☆ 「イタタタタ――ッ!×3」 しな垂れ掛かる重みに耐え切れず、三人は揉みくちゃになって盛大にフロアーと手痛いスキンシップをした。 「もう……白雪も白夜もいい加減にしてっ」「……少し調子に乗りすぎたみゃ~」「面目ない……」と三人――ギリギリまで頑張ったんだけど、やっぱりダメだった~、ばたんっ……と倒れた組み体操状態。 「……バカじゃないの?」 ぶつけた肩を擦るフィシスはハッとする。いつの間にか休憩ブースの区画先に、他の神姫スタッフたちがやってきていた。 ふいに湧いてくる羞恥心を抑えて、フィシスは自然を装い立ち上がる。「ほら、ふたりとも。いつまでも寝ていてはダメよ」 フロアーに這いつくばる同僚をせっせと助け起す。 「アイドル風情が、おだてられて調子に乗ってんじゃない?」 つかつかと歩きながら、楽屋に入ってきた神姫たちのひとりが呟く。調整された声量。さり気なく、だがワザと確実に聞こえるよう計算された音強。 ムゥ~ッとする白夜を手で制し、フィシスは相手に微笑を返す。 「どういうことかしら?」 対する神姫スタッフの一団。 色素の薄い髪に黒と赤の戦闘的に塗られたカラー、限定モデルのアーンヴァル(天使型)。 濃緑色の髪に真っ赤なボディスーツ、リペイントモデルのツガル(サンタ型)。 いずれもこのセンターの中でイベント時に巧みな空中ショーを披露する、アクロバットチームのメンバーたちだ。 「あら違った? ああ、そっかー。アンタらはキレーイに飾りたてられた案山子だものね」 一団の中から進み出るアーンヴァル。フィシスたちに挑発的な笑みを向ける。 身構える白夜と白雪のふたり、しかしフィシスはその笑みを真っ直ぐに受け止め、平然といった様子で思案する。 「……フィがブリキのきこりだとしたら、案山子が白雪で、きっとライオンが白夜ね」 くすくす笑っていたアクロバットチームの面々が「?」となる。にっこりと微笑えんで、フィシスは「うん」と納得したように頷く。 「だとしたら、きっと――フィはみんなを包む愛を、白雪はみんなを幸せにする知恵を、白夜はみんなを明るくする勇気を手にすることができるわ。とっても素敵じゃない?」 あっけに取られるアクロバットチームの前で、フィシスは屈託のない笑顔。 そんな彼女にアクロバットチームの神姫たちは毒気を抜かれ、「今に見てなさいよ」と舌打ちしながらチームリーダーのアーンヴァルが立ち去る。 戸惑いながらリーダーの後を追いかける神姫たち。 それを見送るフィシスの後ろで、白雪と白夜はこっそり「イエイ」と手を合わせ、ニンマリした。 2 「新しい試みのステージショー?」 ブルーメンヴァイスの三人は、マネージャー役を務める業務スタッフから次のステージ内容を聞かされた。どうやら、今度からステージイベントにアクション要素を取り入れることになるらしい。 「そうと決まったからには、頑張らなくちゃね?」 新イベントと聞いて明るく前向きなフィシスに比べ、白雪と白夜の足取りは重い。 「ふみゅ~、どうしてウチらのショーにアクションシーンが入ることになったのきゃなー? はてはて」 「確かに急な話だ。リスクも増える」 白夜はおチャラケた態度で誤魔化す。白雪は冷静を繕う。それが如実に語る、ふたりの新イベントについての不安と疑問。 「仕方ないわ、それがフィたちの〝もうひとつの役目〟なんだもの」 ふたりの不安を断ち切るようなフィシスの宣言。 センターのアイドル――ブルーメンヴァイスにはもうひとつ課せられた役目がある。 それは各種イベントやキャンペーンという形を通して、神姫センター内の様々なサービス、それを支える新技術の発展と実用試験を行うこと。 摩耶野市店のトップガン。 最新技術を用いた武装神姫であるフィシスたちだからこそ務まる、重要な役目だ。 「で、こーいうオチになりますきゃあ……」 練習用のステージに向かい、ブルーメンヴァイスの三人は各々の武装に身を包んでいた。 フリルを模した装飾のついた白亜の鎧に、ふわりと広がったドレススカートが華美な妖精武装を纏ったフィシス。 白磁の装甲に金の角と生やし、無骨な巨腕が重厚さと無邪気さをアピールする悪魔武装を装着した白夜。 白桃に染まる装束に白い狐の面を下げ、すらりとしたシルエットが軽やかで可憐な忍者武装を駆る白雪。 三人の前に居並ぶ神姫たち。黒い装甲黒い翼――それは限定アーンヴァル+リペイントツガルで構成された空中アクロバットチームだった。 「きーてにゃいよー」 「なるほど得心納得。だから先ほどはこちらに挑発的な態度を……」 ジトーッとうんざりした顔の白夜の隣で、嘆息する白雪。 新しいショーに取り入れるアクション要素……つまり、アクロバットチームと競演してステージイベントを行うのだ。 「あ~ら、アイドル様が今度は仮装大会でもやるつもりなのかしら?」 髪を肩で払い、すれ違いながらアーンヴァルリーダーが嘲る。取り巻きのアクロバットチームの揃って押し殺した笑いが続く。 フィシスはあくまでも笑みを絶やさず、通り過ぎる彼女らに声を掛ける 「みんなで一緒に、イベントが成功するよう頑張りましょう」 嘲笑されながら、嫌悪を微塵も出さずに語りかけるフィシスがおもしろくなかったのか。アクロバットチームはそのまま無視して練習ステージへ行ってしまった。 「な~んだか、おもしろくないみゃ~」 「そんなこと言ってないで、みんな同じ神姫センターの仲間でしょう?」 「あっちはそうは思ってなさそうだ。不倶戴天、敵意満々といったところ……」 白雪、歩き去った神姫たちに向け、無表情に中指を立てジェスチュア……びしっ! 白夜、同じくステージ入り口に向け、目の下に指を当て舌を出す……あっかんべー☆ 「……あっちはあっち、こっちはこっちよ。ほら、フィたちも早くしないとマネージャーに叱られてしまうわ」 相方ふたりの分かりやすい反応をやれやれと思いながら、フィシスは練習ステージへの入り口をくぐる。 歌や踊りでビジターを楽しませるブルーメンヴァイス。華麗な空中ショーでビジターを楽しませるアクロバットチーム。……どちらもセンターを訪れるビジターに喜んで欲しいという気持ちは、同じはずだ。 「そうよ。だったら、一緒になればもっと楽しいはずだわ」 小さく呟いた、その言葉をかみ締めながら、フィシスはゲートを抜けた。 『Over the Rainbow』(前篇)良い子のポニーお子様劇場・その2//fin 戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/479.html
第二幕。上幕。 ・・・。 夜は明けるまでまだ少し・・・開店まではまだ数刻。 雨が跳ね、闇に佇む一軒のお店。 シルバー&グラスアクセサリー専門ショップ『ムーン』。 奥のアトリエからはリューター特有の甲高い音が僅かにだが聞こえている。防音が不完全なのではない。『彼女』に聞こえるように、少しだけ開けているのだから。 遠い雨音と変わらない程の音。それが遠くに聞こえる、開店前の店の中で仄かな光がうつろっていた。 『彼女』はキャッシャー台の上、そこにいる一体の神姫。 ダークブルーとブラックという、シックなスーツカラーで身を包んだ人気の高い武装神姫、悪魔型MMSタイプ「ストラーフ」。彼女は丁寧な銀細工で周囲を装飾され、中央に良質クッションでのベッドが拵えられたクレイドルの上。膝を組み、手の中で悪魔型が頭部に装着する「角」を専用のウェスで丁寧に磨いていた。 思いの他に早く目が『覚めて』しまった。そして未だ「音」は止んでいない。キャッシャーを兼ねるコンピュータに映されているテレビ画面をそれとなく眺めながら。時が流れるのに身を任す。 派手な爆発。音量が絞られている為に聞こえるかどうかの轟音。 光が飛びまわり、一瞬の隙を突いた猫型武装神姫のクローが片方の犬型武装神姫に命中する。悲鳴を上げる事も無く地面に叩きつけられる敗者。ハイライトと右上に表示されている。昨日の大会の内容らしい。 その詳細な・・・とも言い難い内容をアナウンサーが嬉しそうに報じているらしい事が、字幕で解る。 周囲に配された芸術性が高い銀細工が映し込む映像・・・一応は戦場とでも言うべきか? 手を突き上げるは勝利者・・・。 ふっと、そのストラーフは自分が座るクレイドルを見て、そのまま空に視線を這わせた。 「・・・・・・」 何かを考えながらも、彼女は磨く手を止めない。 『昨夜のオフィシャルバトルは・・・』 テンプレート通りの話し方で結果を伝える優男。そのストラーフはしばしの間、その物憂げな赤い瞳に画面を落としていたが、やがて時計の針が指す方向に気付いて上体をゆっくりと起こした。 ツインテールパーツの人気が圧倒的に高いため、最近では余り見かけない「角」パーツを馴れた手付きで装着する。彼女の自慢であるそれは、他のストラーフの物とは違う深い漆黒色、表面は硝子でコートされて、それも風景が写りこむぐらいに磨き上げられたハンドメイドの逸品。 彼女の名前はヴィネット。その綺麗な角パーツの為に「角子さん」と常連の方から呼ばれる事もある。この店の『看板娘』である。 彼女は卓上から、椅子を踏み石にして飛び降りる形で、たったの二歩で床に降り立つ。と、そのままアトリエの方に足を向けた。 ほんの僅かに開けられている防音処理が施された扉。その隙間から滑り込んだとほぼ同時。響いていたリューターの音が止んだ。 決して整頓されているとは言い難い、むしろ散らかっているアトリエの奥、作業机。 後ろでくくる程に長いグレーの髪をした青年が、その眼鏡の奥の細い目をより一層細くして出来上がったばかりの作品をライトに照らしている。やがて、息をひとつ吐くと何やら頷きながら作品を机に置いた。 その姿を見てヴィネットは安堵の笑みを浮かべると、声をかける。 「おはようございます。マスター。注文の品・・・完成したようですね」 普通の武装神姫が発する声よりも、その声は明らかに大きく、明瞭で美しい。 青年は、こちらに顔を向けて微笑み、眼鏡を直しながら応えた。 「Guten Morgen・・・ヴィネットさん。ご覧になりますか?」 「是非とも、拝見させていただきます」 彼の名前はリカルド=ケンザキ。彼女のマスターにして、26歳でマエストロの名を持つ店長。 ヴィネットはリカルドがしゃがむ様にして差し出した掌に身を乗せる。 そのまま作業机の上に恭しく案内され、そこに置かれている銀製のティアラを見つけると、思わず小さな感嘆の声を上げた。 中央から左右にかけて彫り込まれた繊細な飾り花。両翼には祝福を告げる天使が踊っている。土台そのものにも装飾が描かれ、美しい流線型のラインは、冠する花嫁の頭上を一層華やかに彩るであろう。 「・・・」 嬉しそうに自分の身体より大きな芸術品を手で一度撫でると、ヴィネットは仕事を終えて髭が不精に伸びてしまったマスターに振り返った。 「お見事ですマスター。それで」 眠そうに伸びをする彼に肩をすくませ。 「・・・本日はお店を臨時休業に致しましょうか。今日はバイトの方は来られませんし。二日ほど寝ていらっしゃらないでしょう?」 「えぇ、そうですね。すいません、データの処理等をお願いできますか?」 ただでさえ眠そうな目をしているのに。今日ときたら・・・。 口の中で笑いを抑えながらも。彼女は頷いた。 「それでは。そう手配致します。横になる前にシャワーだけは浴びて下さい」 手元を照らすライトのスイッチをOFFにしながら言う事は言う。 「はい。解っています」 「そう仰いますが、三度に一度はお忘れですよね?」 「・・・参りました。注意いたします」 苦笑を口元に浮かべながらリカルドがゆっくりと立ち上がるのに合わせ、ヴィネットは、その肩まで腕を伝って駆け上がった。 「おや? これは珍しい・・・肩までですか?」 普段は頭まで駆け上る彼女にしては珍しい。 「気分です」 さらりと流すが、少しだけ彼女の頬は紅潮している。 「・・・お疲れ様でした、マスター。あのティアラを冠する花嫁はきっと『幸せ』でしょう」 そう言って、彼の頬にキスをする。 「ありがとうございます」 嬉しそうに言う彼の横顔を見て、ヴィネットも我慢できずに笑った。 「・・・マスター?」 ふっと。 これまた決して整頓されているとは言えない、美術関連の本や雑誌が氾濫する寝室。シャワーを浴び終え、そこのベッドに横になろうとするリカルドに対し。 ライトスイッチの所に立っているヴィネットは、思い出したように声をかけた。 「何でしょう?」 外そうとしていた眼鏡を掛け直し、リカルドは問い返す。彼女は、先のクレイドルの上で浮かんだ言葉を口にした。 「私の後・・・私の他に。神姫を迎える予定はございますか?」 「・・・?」 その質問の意図を捉えかねたのか。しばらく彼は沈黙していたが。 「今の所はありません。恐らくは迎えないのではないでしょうか?」 そう。応える。普通の神姫ならば、その返答は喜ばしい事であろう。 ・・・しかし、ヴィネットは暫し考え込むように首を捻った。 「どうしました? ヴィネットさん」 「いえ。・・・だとすれば、お願いがあるのですが」 しっかり者の彼女が『お願い』とは珍しい。さて何か。リカルドはベッド上で起き上がって姿勢を直した。 「どうぞ」 「いつしか私の機能が・・・故障でも、『寿命』でも構いませんが、とにかく停止した後。当然今ある神姫関連の整備品・データファイル等は処分をお願い致します。マスターはただでさえ片づけが下手ですが。サイズがサイズだけに決して手間は取らないでしょう」 ヴィネットが口にしたその言葉に。彼は眉をひそめ、顎に手をやった。 それが不満のポーズに見えたのか、ヴィネットは多少語気を強めた。 「勿体無いなどとは言わないでくださいよ? それだからマスターは片付けられないのです。使わない、使えない物は処分。それが基本です」 「・・・」 彼は答えず、小さく頷くのみ。 「さて。そこでご相談なのですが・・・」 コホン、と。多少照れくさそうに一つ咳払いをして。 「マスターが・・・私の為に加工し、見事な装飾を施して下さいました専用クレイドル」 私の為に。というのは非常に気が恥ずかしいのだが。事実彼が『ヴィネットさんの為に作りましたよ』と言って持ってきてくれた物だし・・・と彼女は自分を納得させる。 「あれだけはどうか、他の神姫にお譲りください。使用している自分で言うのも何なのですが、あれほど見事な物を私一代で終わらせるのは・・・勿体無いというか・・・その」 そこで。ヴィネットはリカルドが何やら悩んでいる事に気付いた。左手で口を覆い、普段は眠そうな細い眼光を鋭くし。じっと地に視線を落としている。 時折リカルドが見せる『集中している』表情だ。普段の彼しか知らない人ならば逃げ出すかもしれない。 きょとんとして。彼女は問いかける。 「・・・マスター? どうされました?」 「いや・・・ヴィネットさんが。亡くなったら・・・ですか」 こくり、と喉が鳴った。見慣れている彼女と言えども。この表情の彼には近づきがたい。 「・・・」 かける声さえ見つからず。彼女は何らかを思案する主が声を発するのを待った。 たっぷりと、数十秒はかかっただろうか。ゆっくりとリカルドは手を口元から外しながら顔を上げた。 「銀、いや・・・ガラス・・・」 「・・・は?」 緊張の抜けたヴィネットの声を無視し、柔和な表情に戻ったリカルドはポン、と小気味良い音を立てて手で拍を鳴らす。 「そうですね。ヴィネットさんを購入した時の・・・ブリスターですか。あれにヴィネットさんを入れて、そのまま包めるほどのガラス細工の棺を作りましょう」 その口から発せられた言葉は、彼女の想像を、遥か斜め上方に超えていた。 「当然外から見えるように透明度には最新の注意を払います。細工にしてもこのリカルド、全身全霊を持ってして見事な物を彫り上げましょう。恐らくは一年・・・いや、二年かかるかもしれません。しかし必ず完成させてみせましょう」 にこにこと。心底嬉しそうに言うリカルドに、ヴィネットは開いた口を塞ぐ気力も無く声をかけてみる。 「あの・・・ま、マスター?」 「いえいえ。顔の部分は装飾を省くのでご安心を。外から見て歪む事が無いように」 そんな事を気にもとめず、いや、一応は聞いているのか。とにかく質問を全く真意を汲まずに受け取ったリカルドは、ヴィネットの言葉を手で制して首を横に振った。 自分の世界に入ってしまったのか。唖然としたままの彼女を無視するように、遠い目で天井を見上げる。 「・・・恐らく、私の代表作になるかもしれませんねぇ。完成すれば、多くの方に見て貰う為に店先に置くか・・・いえ、盗難が怖いので居間か玄関口ですね」 「えっと・・・」 「いや・・・いやいや? 私が日々、手元で見なくてはなりません。やはり寝室ですか・・・」 この部屋の・・・どこに置くのだろう。壁にはデザイン画が氾濫する寝室をぐるりとヴィネットは見渡してみた。本棚は一杯であるし。ラックは全段が仕事等々の何やらでみっしりと埋まっている。 いつ崩れてもおかしくない。自分にそれらが降り落ちる事を思い、少々ぞっとした。 「・・・それはおいおい考えるとして、いずれにしろ360度どの角度から見てもヴィネットさんの美しい姿が、そのまま、いえ。それ以上に美しく見えるようになっていなくては」 「あの、マスター・・・?」 嬉しい事を言ってくれるはいいのですが。私はそのような・・・などとは当然言えるはずも無い。顔が火照るのを感じながら、ヴィネットはとりあえず手をぱたぱたさせる。 「何せ・・・」 天に向けていた視線を真っ直ぐにヴィネットに向け、その姿を細い目に宿し。 納得したように頷きながら優しくリカルドは笑いかけた。 「・・・。私の、素敵なパートナーですからね」 何か言おうとして。しかし恥ずかしさやら何やらが心の中に洪水を起こし。 その自分に放たれた素敵という言葉にどうしていいものか、ヴィネットは顔から首を真っ赤にして口を半開きにパクパクさせながら。 「・・・っ、マスター!」 とりあえず。怒鳴ってみた。 それも神姫とは到底思えぬ声量で。 「は、はい!」 びくっと身体を引きながら、リカルドは情けなく返事をする。 「貴方は初期梱包のブリスターなんてまだ取ってあるんですかっ!」 「わ、これは失言を・・・」 思わず両手で口を抑える主を、真紅の瞳で睨みつける。 「何ですってっ? いらない物は捨てろと、いつも言っているでしょう!?」 あの、その。とか言いながらアタフタする主に尚も食って掛かる。 「それにガラスの棺と仰いましたが、どれほどの深さの彫刻を彫るおつもりですか! そのガラス屑は誰が処分するんですか!?」 「え? それはヴィネットさんがいつもデスククリーナーで・・・あ」 やっぱりか。 じりじりとベッドの上を後ずさるリカルドに対し、ことさらゆっくりとヴィネットは口を開く。 「マスタぁ・・・?」 小さいながらも、他者を見下すようなあの視線がたまらない。という、そっちの嗜好の神姫ユーザーには人気があるストラーフタイプ特有の眼光。 「いや、それは」 引き攣った笑顔を浮かべるしかないリカルド。 「そもそも私がいなくなったらの話です! この寝室をご覧なさい! 私が言わないと満足に掃除も出来ない方が何を言っているんですか!」 「す、すいません!」 「彫刻が埋まるくらいに埃まみれのガラスの棺なんて真っ平ごめんですよ! もう・・・」 彼女は腰に両手をやり、彼から顔を逸らす。 視線を地に向け、肩で一度溜息をした。 「・・・それならそれで、掃除が得意な奥様を迎える事が先決と。そう、お考え下さい。マスター」 「・・・善処致します」 平伏するリカルドに目を向けず。 ヴィネットは大きく大きく、わざと聞こえるように。もう一度長い溜息をついた。パチッと電気を手元で消す。 「・・・マスター?」 「はい?」 その、僅かに朝の日差しの欠片が差し込む薄闇の中。 自分は。 「・・・ありがとうございます」 きっと。 笑っていたのだ。 「・・・はい。おやすみなさい」 彼もまた。 店先に戻り、PCを起動させて休業日用のデータを呼び出す。 ふと。気付き、彼女はキャッシャーの後ろにある出窓に飛び乗った。そろりとカーテンを開けて外を窺う。 夜半から降り続いていた、雨が止んでいた。光が少しずつ夜を明けていく。 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、彼が起きないように小さな声で朝を祝福する歌を歌い始めた。 母から『受け継いだ』自慢の喉が、今日も震え美しい声を響かせる。リカルドの作品でもある角に僅かな朝の陽が照り返し、すみれ色の髪に遊ぶ。 美しい声が紡ぐドイツ語。歌は流麗で静やかな流れに乗って店内に響いていく。ショーウィンドウに飾られたガラスや銀の装飾品が、歌に歓びのリフレインを被せる様に、差し込んだ光をきらきらと躍らせた。 そう。 十年後は・・・どうだろうか。 二十年、三十年後・・・? とても一緒にいられるとは思えない。 いつしか私の身体は壊れ、母のように死を迎え入れるときが来る。 だけど。 この目が貴方の、優しい姿を映さなくなったとしても。 この耳に貴方の、柔らかな声が届かなくなったとしても。 掃除好きの奥様が、相変わらず掃除をしない貴方に文句を言いながらも優しく埃をはたいてくれて。 そして貴方の穏やかな視線が。見事なガラスの棺を通して私に届くのでしょう。 私はきっと。その時も暖かな光に包まれている・・・。 それは私の知らない未来。けど、私の『心』が信じる未来。 笑いますか? そんな事を考えるとき。 この胸がくすぐったくなるような『想い』を。 ・・・私は、『幸せ』と呼ぶ事にしています。マスター。 第二幕、下幕。 第二間幕
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2797.html
『天才ファーストランカー・黒野白太の謎』 読者は黒野白太を御存じだろうか。 先々月、神姫バトル界の頂点のファーストリーグに十四という若年神姫マスターがその名を連ねた衝撃はまだ耳に新しい。武装の性能に頼らず的確に相手の心理を読むセンスを以て神姫バトル界の最前線に立つ天才マスター。それが黒野白太であり、彼のバトルに憧れを抱く神姫オーナーは少なくはない。私のオーナーもその内の一人だ。 しかし名声を手にした代償としてか、数ヶ月前、そのバトルに関わる悪い噂が流れ始めた。観客によれば黒野白太は自分の神姫に全く指示を出していないらしい。 マスターはただ神姫に適切な武装を送るだけの貯蔵庫ではなく、第三の眼として戦場全体を俯瞰した上で指示を出し神姫を勝利へ導く重要な役割を持つ。黒野白太はそれをしない、にも関わらずファーストランカーとなったのはどういう事なのか。 多数の同証言者が出た事から真実を帯びたものとして神姫ネットを騒がせ、一時期は「黒野白太は違法改造した神姫で成り上がった卑怯者」「武装神姫の世界から追放すべき」と訴える過激な声もあった程だ。 このような騒動に対してオフィシャルは彼に神姫に精密な検査を行った上で違法改造の痕跡は無いことを発表している。そして黒野白太も自身のブログでバトル中に言葉を発していないのは事実であると認めた上で合理化の為に簡単な合図だけでも指示が出せるようにしていると言い残している(尚、現在ブログは閉鎖されている)。 現在では彼を擁護するマスターも現れており批難の声は潜みつつあるが風評被害を怖れてか黒野白太は神姫バトルに対して消極的になっている。人の噂も七十五日、噂が完全に消えたその時にはまた我々の前に姿を現わして欲しいものだ。 …。 …。 …。 「先月号では私達を散々批難していたくせに見事なまでの掌返しだな」 「ライターが変わっているんだよ。ほら、これを書いたのはムルメルティアだって」 お昼休み、昼食を摂り終えた僕達は立ち入り禁止の屋上で武装神姫関係の雑誌を読んでいた。 イシュタルは文字が進む毎に不機嫌になっているけれど雑誌から目を離さない。たかがゴシップと割り切っているけれど、この記事が自分達の周囲にどのような影響を与えるかをしっかりと吟味しなければならない。そんなことを考えているんだろう。 僕としては早く今週の神姫グラビア(今週はナース服!)を見たいんだけど中々それを切り出せない。かといって不真面目な態度を見せると怒られるから悩み腐っているような振りだけはしておく。グラウンドで爽やかに体を動かしている体育会系の男子達がちょっと羨ましい。 「好転はしているんじゃないかな。擁護的な記事だし。後は書いてある通り時間が過ぎるのを待つだけだよ」 「それは分かっている。しかし焚きつけておいて火消しは時間の流れに任せるとは余りに無責任だと思わないか」 「仕方ないんじゃない? 僕としては学校に武装神姫を知ってる奴が少なかっただけでも大助かりだし」 居ないわけじゃないけれど全員気の良い友人で僕のことを表立って叩く奴は居ない。御蔭で被害は神姫センターに行けなくなる程度の被害で済んだ。 「マスター、君は本当にそれで納得しているのか。もっと良い解決方法があったのではないか?」 「いや、これは本当に諦めるしかないって。悪いイメージを払拭するのは手間と時間が掛るって色んな人も言ってたじゃない」 水を得た魚ならぬ大義名分を得た人間。それを目の当たりにした御蔭で割り切れるようになってしまった。イシュタルの方はそれでも納得が行かなくて、もしくは飲み込もうとして不具合を起こしているのか、唸っている。 「それに、そうやって他人を馬鹿にするのは決まって程度の低い連中じゃないか」 「マスター…、しかし、それでも私は…」 平気で他人を馬鹿に出来る辺り僕も悪だな―とか思いつつも。 「…そう、だな。得る物はあったと考えるべきか」 「そうそう。何時でも何処でもポジティブであるべきだよ。人の上に立つ立場なら尚更ね」 「いい言葉だ。最後の一文さえ無ければだが」 「え、あ、ごめん。嫌味のつもりじゃなかったんだんだけど」 皮肉に聞こえたみたいだ。この失言を誤魔化す為にストラーフの水色の頭を人差し指で撫でる。 「わっ、こらっ、何をするっ、恥ずかしい」 「いやぁ、イシュタルの頭って時々撫でたくなるんだよねぇ。なんでだろ」 「私が知るかっ。やめろっ」 「良いではないか、良いではないかぁ」 「良くない!」 ガーッと大きく口を開けて威嚇しながら人差し指から逃れるイシュタル。 普通の神姫はマスターに頭を撫でられると喜ぶもの。数週間前にこの事実を知った時に僕を襲った衝撃は計り知れない。その例外曰く自分は母親の代わりをやってきたものだから僕に撫でられるのは何だか恥ずかしいらしい。 でも「嫌よ」と言われはい「そうですか」と諦めるようじゃ真の武装紳士とは言えないよね。だから親指で逃げる頭を追い掛ける。 「イシュタルの頭撫で撫で」 「止めろと言っているだろう!」 「嫌よ嫌よも好きの内」 「止めないと本気で怒るぞ!」 「だが断「Wasshoi!」グワーッ! 指が、指がーッ!」 わ、忘れていた、照れ隠しでロボット三原則を破るイシュタルの爆発力を! 「でも指は酷いよぅ…まだ授業は残ってるんだし…」 「全く。だから小指にしておいた。ほら、指をテーピングして固定するよりも先にすべきことはないか?」 「え、なにそれ。被害者面してアヘ顔ダブルピース要求する気満々だったんだけど」 「悪い事をしたら御免なさいと謝る。昔よく言い聞かせていただろう。ほら」 「だが断「もう一本逝くか」ごめんなさい、もうしません、ってぇ、何で謝ったのにやるのかにゃぁ!?」 「これは人として当然のことを忘れていた罰だ」 「理不尽な…」 負傷してる理由を尋ねられたら「転んだら両手の小指がイカれました」で通るかな。通すけど。怒っていたイシュタルを馬鹿にしたのは僕だから罰は甘んじて受け容れなくちゃならない。いやいや、やだなにこの糞真面目思考。ここにもイシュタル教育の影響が見えたような気がして自分自身が恐ろしくなってくる。 それよりも一秒でも早く雑誌のページを進めなければ。今月の神姫グラビア(ナース!ナース!)が楽しみで昨日は眠れなかったんだ。これ以上待たされたら午後の授業は内容が頭の中に入らなくなるだろう。ナース服に栄光あれ。 「ん、マスター、ページを捲る手が早くないか」 「気になるような見出しは無かったし別にいいじゃない」 「もしやと思うが、目的は如何わしい衣装を着た神姫のページか」 「そうだけど?」 「…もう少し恥じらいというものを持ったらどうだ」 イシュタルは呆れながらも捲ろうとしていたページの上に圧し掛かって胡坐を組んだ。目に見えて分かる不動の意思の現れは無視すれば後々が面倒になる事を雄弁しておりナース服の為とは言え軽視するのは流石に躊躇った。 「どいてくれないかな。僕はその先に用が有るんだ」 「断る。いかがわしい物など百害有って一利無し。見た者の心が堕落するだけだ」 「健全な中学生がいかがわしいものに興味を持つのは大自然の摂理だよ」 「よく聞く理屈だな。だがその欲望を断ち切ってこそ人は成長するのではないか?」 「それは違うよ! 欲望もまた自分の一部、否定しちゃ駄目だ。欲望と理性の折り合いを付けられるようになることこそが本当の意味で成長したって言えるんじゃないかな」 「むっ…、それはそうだ」 「むしろ今のイシュタルにみたいに、あれは駄目これも駄目これにしなさいあれをしなさいとか言って選択の自由を奪うのは自立する意思を奪っていることと同じだよ」 「むむむっ…、だが私は御両親の代理として不健全なものをマスターから遠ざける責任がある!」 うわ、大人専用対子供最終兵器・責任だ。じゃあこちらも子供専用対大人最終兵器を使っちゃおう。 「……」 「どうだ、分かったか。ならば早くその手を離して…」 「今月号の奴は本当に楽しみにしていたんです。だからお願いです、見せて下さい」 「わっ、わっ、泣く程か!? 泣く程楽しみにしていたのか!?」 「何でもします。だから見せて下さい。全部見せろとは言いませんから、お願いします、お願いします、お願いします」 「分かった、一ページだけなら特別に許すから、ほら、もう泣き止んで。…まったく、これでは私がマスターを虐めたみたいじゃないか」 「ありがとう、イシュタル!」 計画通り。堂々と今週はナース服特集の神姫グラビアへのページへと指を掛けた。そしてそこに開かれたのは正に楽園の扉。ナース服によるナース服の為のナース服の世界。鼻唄を歌いながらそれを眺め頭の中では色取り取りのナース服を思い浮かべる。 読めるのが一ページだけなのは辛いけれどイシュタルが譲渡してくれたんだから割り切ろう。それに一ページ目で写っていたのがナース服を着ているストラーフだったのが良かった。やっぱり褐色に白い服は良く似合う。 「…ふぅ」 「全く、こんなもののどこがいいのか私には理解出来ない」 「今僕は自分が裸エプロンになっても構わないくらい気分が盛り上がっているんだけどね」 「辞めてくれ。そんなことしたら私は家を出ていくからな」 「ははっ、やらないよ。エプロン無いし」 「有ったらやるのか…まぁいい。しかし十五センチの身体に欲情すると言うのは人間として不健全じゃないか?」 「イシュタル、君は何を言っているかな(↑)」 その発言は「アニメのキャラってただの絵じゃん」に匹敵する破壊力を持っていた。下手に爆発させれば僕達は全世界の武装紳士を敵に回しかねないのでそのマスターとしてクールに処理しよう。…あれ、何でだろう、目から汗が湧いてきた。 「あのね(↑)、武装紳士は神姫がなくちゃ生きていられない身体になっているんだ(↑)。もう神姫の声しか聞こえない(↑)。だから神姫に欲情するのは当然の事なんだよ(↑)」 「意味不明な事を言うな。そも有名なマスターの大抵は人間の女性と付き合っているじゃないか。しかも美人と」 「それ以上はいけないなぁ(↑)。それにしても、あいつらは理人さんに全裸で土下座するべきだと思うんだ(↑)」 「沖縄旅行で一人ぼっちという理人の人間性に問題があるような気がするが」 「僕はぼっちじゃない(↑)」 「マスターのことは言っていない。それよりもさっきから声が上擦っているが、一体どうしたんだ?」 駄目だ。さっきから自分で何を言っているか分からない。でも負けない。武装紳士として生きる道を選んだことに後悔なんてあるはずない。うちはうち、他所は他所だ。彼女持ちのマスターなんて羨ましくも何とも思わない、僕達には神姫が居るのだから。それにしてもクリスマスの日に空からイチャついてるカップルを目掛けて空から赤い服着た小太りのおっさんが降って来ないかな―。屋上からクリスマス衣装のカー○ルおじさんを落とすくらいなら出来るかも。 クリスマス撲滅計画は後々に考えるとして。先ずは心の傷を癒そうと次のページに捲ろうとした指を止められる。さりげない流れで行けたと思ったんだけど甘かったようだ。 「一ページだけだ。それ以上は認めない。そう言っただろう」 「残念無念」 「そろそろチャイムが鳴る。屋上の鍵は私が閉めておくからマスターは雑誌を片付けて教室に向かえ」 「後一ページだけでも見せてくれないかな」 「くどい。こんな物に見惚れている暇があったら学生の本分に励むべきだ」 「ナース服に比べたら授業一つなんて大したものでもないでしょ」 「…私は一体何処でマスターの教育を間違えたんだろう」 珍しくイシュタルが落ち込んでいる。そんな姿は見たくないなぁ。落ち込ませたのは僕なんだけど。 「あのねイシュタル、教育者が子供に完璧を求める必要は無いんだよ」 「子供が何を言っている」 「これだからゆとり世代は、て決まり文句が有るじゃない。あれ。僕は可笑しいと思うんだ。ゆとり世代なのに出来る奴にも同じ事を言えるのかって。違うでしょ、土曜日が休日になってもそうじゃなくとも出来る奴は出来るんだ。ゆとり教育は出来る奴と出来ない奴の格差を広げただけ。じゃあ出来る奴と出来ない奴の大きな違いって何だと思う?」 「…、才能か?」 「正解。出来る奴は嫌でも辛くても難しくても苦しくても逃げ出したくても出来る。何故かって、それが出来る才能があるから」 「それはそうだが…、努力を怠ってはいけないだろう」 「努力も才能の内だよ。当たり前に努力が出来る才能を育ててあげるのが正しい教育って奴じゃないか無いかな。だから僕は感謝してる。もしもイシュタルに出会わなかったら、僕は何の努力も出来ない引きこもりになっていた」 これは本心だ。僕の両親は典型的な会社人間だから。 「話は逸れたけど要するに人は完璧であるのではなく自然であるべきなんだよ。僕は自然と意味も無く勉強をして運動をして信頼が出来る。それは教育者として立派な成功だよ。僕は君と出会えてよかったって胸を張れて生きていける」 「マスター…、め、面と向かって感謝されると、なんだか照れるな」 「だからさ、落ち込まないで。それに人も神姫もナース服も万能じゃない。努力が報われないことだってある。仕方ない事だってある。僕がナース服フェチになったのは仕方が無いこと。授業よりもナース服を優先するのは自然なことなんだ」 「…、何故そこでナース服を強調するんだ?」 「そこにナース服が有るから(キリッ)」 「カッコ良く決めたつもりか愚か者がぁぁぁぁっ! 薬指を貰うぞぉおおお!」 「え、両方? ちょ、やめて、僕、結婚指輪付けられない身体になっちゃ…アーッ!」 ま、失ったものは多かったけれど。 薬指を組みつかれた隙を突いて神姫グラビアの二ページ目、ナース服のアーンヴァルを見れたから僕は幸せだ。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/824.html
初バトル、七月七日、七夕。 一ヶ月の間、私は数十店の神姫ショップを歩き回った。地元の茶畑が広がるような田舎では流石にショップはないので、電車で一時間、お隣の県の大都市まで足を伸ばしたり、バスで三十分揺られ最寄りの商店街をブラブラしたりした。 というのも、お兄ちゃんが買ってきた神姫、マリーは素体のままで武装やアクセサリは全く無かったからだ。私は特別バトルがしたいというわけでもなかったので、彼女が身に付けるものは彼女に選ばせようとして、彼女が気に入るものが見つかるまでいろんな店を回っていたのだった。 まずマリーはあまり実戦的ではなく、どちらかというと観賞用のウォードレスを選んだ。一応ワンピースのそれは防御力はあまり期待できないものの、フリルの可愛いディティールは全部自動迎撃用のレーザーガンで、また申し訳程度の飛行機能も付いていた。 「すごいすごい!マリーが浮いてる」 ふわふわとドレスの裾を揺らしながら彼女は私の周りを何週か回って見せた。 「便利ですわ」 彼女は私の左肩に着地した。それから私を見上げて微笑む。 彼女の笑顔は完璧、百点満点だと思った。 別の日、彼女はようやく武器を手にした。彼女は先に買ったウォードレスに合わせてその武器――ロンブレル・ロング(L'ombrelle longue)を選んだようだ。 それはどうみても、日傘。日傘(L'ombrelle)って名前付いてるし。武器の性能としては、ライトセーバーとライフルの能力を併せ持つハイブリッドウェポン。ライフルは威力も装弾数も実戦で使えるギリギリのレベル。まあ、早い話がこれもまた観賞用のアクセサリなのだ。 「可愛いよ、マリー」 「ありがとうございます。わたくしもこれで、いつでもバトルが出来るようになりましたわ」 マリーは傘を開いて傾きかけた日差しを遮る。淵の白いフリルが揺れた。 「え?マリーはバトルしたいの?」 左肩に座っていた彼女は私がそう問いかけると、浮き上がって私の胸前にやってきた。私が歩くのと同じ速度で移動し続ける。 「だってわたくしは武装神姫ですのよ?」 「いや、うん、そうだけど。だったらもう少し強そうな装備選んでもいいんじゃない?」 「ダメですわ。時裕様がわたくしは人形型だとおっしゃっていました。ですからわたくしは人形らしく振舞わなければいけませんの」 ああ、そういえば細かい設定は全部お兄ちゃんに任せていたな、と私はぼんやりと思い出した。神姫の性格がCSCの埋め込み方によって変わるといっても、もっと繊細なところはこちらで設定してあげなければいけないらしい。かなりめんどくさそうだったからお兄ちゃんに頼んだのだけれど、正直かなり失敗だったと思う。 「へえ、人形型なんだ」 「はい。人形型MMSノートルダムですわ」 勝手に決められたということを怒るよりも、私はやけに細かい設定に関心していた。 ノートルダムか、と考えると少しにやけてきてしまう。お兄ちゃんらしい名前の付け方だなと思ったからだ。 「でもバトルってどうやるんだろうね」 「とりあえず...ショップ設置の筐体で草バトルと呼ばれる非公式戦ですわ。」 私はふーんと鼻を鳴らしながら早速視線は最寄りの神姫ショップを探していた。 学校帰りの商店街には二店舗、神姫を扱う玩具屋があり、この近くにはそこしかバトル筐体を置いているところはなかった。 「あそこだね」 カトー模型店、商店街の長屋にあるお店としては大きいほうの店構えで、数ヶ月前に改装されたショップだ。もともと地味だった模型店がここまで立派になれるのも神姫ブームのおかげだろう。 午後五時半、私と同じように学校が終わった学生の神姫マスターたちが集まってなかなか賑やかだ。 「やあ、のどかちゃん、いらっしゃい」 「こんばんは、カトーさん」 マリーの装備を選ぶとき、最初に訪れたショップがここだった。お兄ちゃんもここの常連で、店長のカトーさんと顔見知りだということもあって、いろいろ相談に乗ってくれたのが強く記憶に残っている。カトーさんはここにないようなパーツを他の店にはあるからといって紹介してくれたりもしてくれた、いろんな意味でいい人だ。 「マリーちゃんもいらっしゃい」 「ごきげんよう、カトー様」 「ドレスモデルのウォードレスか。なかなか可愛い物を見つけたね」 マリーはスカートの裾を摘み、膝を折って行儀よくお礼をした。 「今日はお兄ちゃん、もう来ました?」 「時裕君?いや、そういえばまだ見てないなあ」 そうですか、と言って私は、私と同じ学校の学生服を着た男の子たちによってバトルが繰り広げられている筐体のほうへ視線を向けた。 お兄ちゃんは一度この店に足を踏み入れると三時間は出てこないので、もしお兄ちゃんが店にいれば、今日は止めておこうと思ったけれど、カトーさんの言葉を聞いていよいよ心臓がドキドキし始める。 「バトルかい、のどかちゃん」 カトーさんは丸い黒縁眼鏡を掛け直しながら言った。 「はい。初めてなんですけど...」 「そりゃよかった。やっぱり武装神姫はバトルが一番楽しいからねえ。次、席空けてもらうからちょっと待っててね」 そう言ってカトーさんはカウンターから出て、つかつかと盛り上がる一方の筐体のほうへ歩いていく。そして学生服の男の子たちと話始めた。 そのうち何人かが私のほうをちらっとみる。その中に同じクラスの藤井君の姿が見えたので少し手を振った。ただ私に気づいているかどうかはわからなかった。 「緊張するね、マリー」 「大丈夫ですわ。きっと」 少し経って、カトーさんは手招きで私たちを呼ぶ。私は背筋を伸ばして恐る恐る筐体へ向かい、マリーはその後を飛びながらついて来る。途中、やっと藤井君も私たちに気づいたようだった。 カトーさんの横にはこの店では珍しく、女の子が立っている。彼女もまた男の子たちと同じように私と同じ学校の制服、というか私と同じ制服を着ていた。 「丁度いい対戦相手が見つかったよ」 と言ってカトーさんは傍らの女の子の肩をぽんと叩く。 「彼女は先月神姫バトルを始めたばかりなんだ。ね、香子ちゃん」 「よ、よろしくお願いします」 その女の子は右肩に神姫を乗せたまま深々と頭を下げる。当然、彼女の右肩に座っていたジルダリアタイプの神姫は声を上げながらずり落ちた。しかしその神姫は落ちていく途中、一回転してから急に落下を止めて腕を組みながら少しずつ浮き上がっていった。 そしてそれに気づいた女の子が顔を上げて、その神姫のほうを見るまで口を尖らせ続ける。 「あ...!ごめんなさい」 「もう少しまわりに注意してくださいね、マスター」 「ごめんなさい、本当にごめんなさい」 女の子はすっかり私を忘れて彼女の神姫に謝り続ける。その様子をまわりの男の子やカトーさんがくすくすを笑った。 「も、もういいですっ。それよりみなさんが...その...見てますから...」 それが恥ずかしかったのか、女の子の神姫は少し頬を赤らめてどんどん声量を落としていった。 俯きながらちらりと私たちを見て、話を変えて、と訴える。 神姫でもそんな表情をするのか、と感心した私は急いで自己紹介をした。 「えっと、七組の月夜のどかです。こっちはマリー」 「ごきげんよう、マリー・ド・ラ・リュヌですわ」 女の子は思い出したように私たちのほうを見る。 「あ、はい、五組の斎藤香子です」 「ジルダリアのラーレです。よろしくおねがいします」 私の通う高校の一年生は、九クラス三百六十人。私は五組には一人も友達がいない――もちろん偶然だ――ので、彼女とは初対面だったことも納得がいく。 「じゃ、挨拶が済んだところで、早速バトルにしようか」 私も香子ちゃんも、そしてマリーもラーレも、そう言ったカトーさんのほうを向いてはい、と返事をした。 作品トップ | 後半